4.毎日の神との交わり



 私たちのクリスチャン生活における必要の第一、そして中心は、神との交わりであります。

 私たちの内の天的生命は神から来るものであって、完全に神に依存しています。私たちは常に新しい空気を呼吸する必要があるように、また太陽から常に新しい光が注がれる必要があるように、私たちの魂が強くあるためには神との直接の生ける交わりが必要なのです。

 朝に与えられたマナは、翌日になると腐敗しました。同じように私は日ごとに新たな恵みを天から受けなければなりません。ただ神ご自身を直接に待ち望むことにおいてのみ、それを得ることができます。神のみまえに待ち望むことで一日を始めとうございます。神があなたに触れるのを待ちなさい。神とお会いするために時間を取りなさい。

 このために、祈りにおいてまず必要なことは、神のみまえに静まるということです。祈りであれ礼拝であれ、何事も神が主導的な地位を取られるかどうかにかかっています。へりくだった信仰と崇敬とをもって静かにみまえに身を伏せなければなりません。神はおられます。神はそば近くにおられます。神は愛です。神はご自身を私に分け与えることを望んでおられます。全能の神、すべてにおいてすべてをなされる神が、今なお、私の内に働こうと、またご自身を知らしめようとして、待っておられるのです。

 神がそば近くにおられることがあなたに分かるまで時間をかけなさい。

 神にその相応しい地位、名誉と栄光と権威との地位を明け渡したなら、あなた自身は最も低い場所に身を定め、謙遜の霊で満たしていただくことを求めなさい。被造物としてのあなたの祝福は、無となること、そして神にすべてとなっていただくことにあります。罪人つみびとであるあなたは神を見上げる資格がない者なのですから、へりくだって身を伏せなさい。聖徒となるために神の愛であなたを覆っていただきなさい、そしてあなた自身はなお身を低くしなさい。謙遜と柔和と忍耐をもって、そして神の善意と憐れみに委ねて、神の前に自分を沈めなさい。神はあなたを引き上げてくださいます。

 神のみまえにどこまでも低くなるために時間を取りなさい。

 それからキリスト・イエスの内にあなたの場所を受け、その意味を深く考えなさい。神はその愛する御子みこ以外の何ものをも喜ばれないのです。神は神に近づく者の中に御子を認めることによってのみ満足したまいます。与えられている御子の血によって励まされ、キリストにあって神に喜ばれる者となっているという確信を抱いて、神の聖なる臨在の中に深く入りなさい。キリストにあってあなたは至聖所の垂れ幕の内に入っているのです。あなたは父なる神ご自身の心と愛に触れることができるのです。神との交わりを持つのは、私が自分の生涯の中にもっと神を持つようになるためです。私の内に形造られたキリストを神に知っていただくためです。神のみまえに静まりなさい。神はあなたを祝福したまいます。

 このキリストは、生ける人格であります。キリストは人としての愛をもってあなたを愛したまいます。キリストはあなたから愛による応答を毎日求めたまいます。キリストの御顔みかおを見つめなさい。あなたの心の中に彼の愛がほんとうに輝き渡るまで、信任をもって見つめなさい。「主よ、あなたを愛します」と申し上げなさい。そうすることで彼の心を喜びで満たしなさい。キリストはあなたに対して、罪の力からの個人的な救済者、守護者となりたまいます。私がキリストのそばに居続けるなら罪を避けることができるのか、と問うてはなりません。そうではなく、キリストが私のそばに居続けてくださるなら、私は罪を避けることができるのか、と問わなければなりません。そうすればすぐにあなたは、彼を信じていれば安全であることに気付くでしょう。

 私たちはキリストの命を力として私たちの内に有し、またキリストの臨在を私たちと共にいる人として有していますが、それだけでなく、私たちはキリストの似姿を、私たちの内に形造られるものとして有しています。彼が私たちの内に形造られるのは、彼の姿が私たちの内に現われるためです。今日あなたの内に神がなされようとしておられるみわざがどれほど偉大で祝福に満ちたものであるかが幾分なりとも分かるようになるまで、神のみまえに伏しなさい。神に申し上げなさい。「父よ、私はここにおります。どうぞキリストの形を私の内に造ってください。私に受け入れられる限り」と。そして待ちなさい。あなたは神が語られるのを聞くでしょう。「私の子よ、私はあなたにキリストを与える。あなたが心を開いて受け入れられる限り」と。神はイエスをその肉体において顕わし、完全な者となしたまいました。同じように神はあなたの内にイエスを顕わし、彼にあってあなたを完全な者となしたまいます。父は御子を愛しておられるのですから、御子の姿と形を喜びをもってあなたの内に形造りたまいます。あなたが神のみそばにとどまり、神との交わりを保つならば、必ずこの幸いなみわざがあなたのうちになされると確信しなさい。

 キリストが形造られるとは、二つの要素、すなわち彼の死と同じ状態になることと、彼の復活と同じ状態になることとを含みます(ローマ6:5)。キリストの死とは、その謙遜と服従の絶頂であって、ご自身の命を完全に神に献げられたことです。このキリストにあって私たちは罪に死にます。私たちが神に対する謙遜と従属に自分の身を沈めて完全に降伏する時、キリストの死の力が私たちに働き、私たちは彼の死に合う者とされます。そうすると私たちはキリストをその復活の力においても知るようになります。すなわち罪に対する勝利の力、甦りの命の喜びと力において知るようになります。その結果、あなたは朝ごとに『自分自身を死者の中から生かされた者として神に献げ』るようになります(ローマ6:13)。神はご自身が与えられた命を保ってくださり、甦った者として生きる恵みを与えたまいます。

 このすべては、あなたの内に住んでおられる聖霊の力のうちにのみあります。聖霊がキリストの栄光をあなたに現してくださると信じとうございます。またキリストがあなたの内に聖霊をますます増し加えてくださると信じとうございます。神のみまえで神の臨在が現われるのを待つ時には、神のことをあなたに現してくださるのは聖霊であることを憶えとうございます。どうぞ神の臨在の前でキリストの霊の油そそぎを求めなさい。そしてあなたの全生涯が常に変わらず霊的なものとなるようにしていただきなさい。

 この驚くべき救いに思いをめぐらせなさい。偉大で聖なる神との完全な交わりを求めなさい。神があなたのうちにキリストを顕わしてくださるのを待ち望みなさい。そうすればキリストを受けるためにはすべてを献げなければならないことにあなたは気付きます。イエスがそうされたように神のために全き者として生きるということがどういうことなのか、それがわかるために神の恵みを求めなさい。全生涯を神に完全に明け渡すということが何を意味するのか、それをあなたに教えることができるのはただ聖霊ご自身だけです。このことについてあなたがまだ何も知らないことを示してくださるまで、神を待ち望みなさい。神に近づく時には、そして神との交わりを求める時には、神にあなたの内に働いていただくために、新しく完全に神に自分を献げること、そのように心に決めることが伴わなければなりません。

 聖書全巻を通して教えられているように、霊的生涯の最も大切なことは『信仰によって』ということです。神のみまえに待ち望む時は、神に対する深い静かな信仰においてそうしなければなりません。そば近くにおられ、限りなく聖であり、限りなく力あり、どこまでも愛しておられる、目に見えない方に対する信仰においてです。また深い安息に満ちた信仰において、天的生涯のあらゆる祝福と力とがあなたの周囲を、そしてあなたの中を満たします。永遠に祝福ある聖なる三位一体の神があなたの内に神の目的をすべて実現してくださるように、全き信任を伴う信仰をもってただあなた自身を献げなさい。毎日を神との交わりによって始めなさい。そうすれば神はあなたのすべてのすべてとなってくださいます。



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