第 二 章  曠   野


 
 我らは昔のモーセのごとくピスガの嶺より約束の地を眺めたが、今朝我らは平野に下り、曠野の生活を観ようとするのである。もちろん、悲しいことには、我らはみなそれを経験によって知り過ぎるほどよく知ってはいるのであろうけれども。
 私はただいま読んだコリント前書十章一〜十二節よりして、重ねて諸君のご注意を促したいことがある。そはすなわち聖パウロが二度までも言明したところであって、『これらのこと(曠野におけるイスラエル人の経験)は鑑となれり』(十一節)、『これらのことは我らの鑑にして』(六節)というのである。すなわち我らがかかる出来事を、歴史的事件であって、普通の歴史的出来事と同様、我らと我らの時代とに何らの関わりなきものであるというように考え、また言うことなからんためにかく言うのである。九章において、彼はその走るところ、戦うところ、説くところの空しくならざらんために、慮りと恐れをもって、なせる彼自らの経験を我らに示している。かくて我らに引き合わすにユダヤ人の先祖をもってし、その曠野における彼らの蹉跌と失敗と破滅とをもってし、厳粛なる『さらば自ら立てりと思う者は倒れぬように心せよ』(十二節)との聖言によって結んでいる。『みな』と五度も繰り返されているが、彼らは著しき経験を持っていた。すなわちエジプトから救い出され、海と雲とにてバプテスマを受け、その下にあり、またその中を通り、『モーセにつき』(改訳欄外)『みな』天よりのパンを食し、また彼らに従いし岩より(その岩はキリストであった)飲んで、霊なる食物と飲み物とに偕に与ったのである。しかも彼らは荒野にて亡ぼされた。その曠野たるや、実に恐ろしいところであった。そして魂の荒れすさみもまた同様であって、曠野とは実にこれを標徴するところのものである。
 さはあれ、真の曠野は彼らの中にある。預言者イザヤはずっと昔に『その頭は病まざるところなく、その心は疲れ果てたり』と言った。ヘブル書の記者も『彼らは常に心迷い、わが途を知らざりき』とてこのことを繰り返して言っている。読者の中には、かの艱難の原因は道もない砂漠のためで、そのために彼らの足はさまよったのである、旅行するに街道なくしてどうして道を知り得ようか、と思われる方があるかも知れないが、しかし聖霊は、悪が彼らのうちにあると我らに語るのである。我らにおいてもまたしかりである。真の曠野は我ら自らの心の中にあって、決して外部的な環境にはないのである。『その頭は病まざるところなく(我らは知らず)、その心は疲れ果てたり(我らは迷う)』(イザヤ一・五)。

貪  り

 彼らが悪をむさぼったように、わたしたちも悪をむさぼることのないためなのである。(コリント前書十・六)

 ここに参照されたるところは民数紀略十一・四に当たるのである。『ここに彼らの中なる数多の寄り集まり人ら欲心を起す、イスラエルの子孫もまた再び哭きて言う、誰か我らに肉を与えて食わしめんか』と。
 ロマ書七章において『わが内に宿る罪は各種の貪りを我らの内に起す』、すなわち内住の罪は啻に我らの所有に対してのみならず、名声、力、人気、快楽に対しても慳貪を我らの内に起すと書いてある。我らの意志よりも深いところに願望が横たわっている。内に宿る罪は我らの肢体のあらゆる源を毒した。しかしてその中には我らの諸々の願望も含まれている。我らが新生した後といえども、そして我らの意志また良心が光を受け、神の聖旨に一致順応するに至っても、なお我らは我らの新しくせられたる意志を罪と死の法の俘囚とせしめるような、他の世俗なことを渇望するもののあることを発見するのである(ロマ書七章)。しかり、我らは天よりのパンを味わい、活ける水を飲みし後も、いかにしばしば『誰か我らに肉を与えて食わしめんか』という言葉を発することであろう!
 キリストは真の食物、真の飲み物となるところのものを我らのために備えていたもうのである。しかもなお、おお、しかもなお! ジョン・ウェスレーは、『ただ神のみを求む』と言った。神こそは魂のすべての希望、すべての渇望をことごとく満足せしめ得たもう御方である。しかるに、ああ! 昔のイスラエル人におけるがごとく、我らの内なる『数多の寄り集まり人』は我らの新しくせられたる性質をみな邪にするように思われる。しかして我らは真のイスラエル人でさえも『また再び哭きて、誰か我らに肉を与えて食わしめんか』と言うのを見出すのである。かくのごとき肉的な嘆きを悔い改めねばならぬのに、そのままになっている人は我らの中にはないか? この不幸せな診断の真理をそのまま受け入れて、悔悟の涙と共に告白する人は誰であろうか? ロマ書七章二十四節のごとく、かの使徒と共に『ああ我悩める人なるかな、この死の体より我を救わん者は誰ぞ』と大声に叫ぶに至るならば、その人こそ実に幸いである。

偶 像 崇 拝

 彼らの中のある者たちのように、偶像礼拝者になってはならない。(コリント前書十・七)

 ここに引照せられたるものはもちろん出エジプト記三十二章に語られている、かの恐ろしき物語についてである。神は一つの新しくかつ非常に驚くべきことをなさんとしていたもうたのである。今まで神は彼らを他の方法をもて引率し導きたもうたのであるが、彼はいまや『彼らの中に降り、彼らの中に住む』ことを願いたもう。神の恵み深き御目的の中にある内住の神、すなわちモーセは主の住みたもうべき幕屋の雛型を受けるために、かの山の頂に召されたのである。このような時にサタンが蹶起し、地獄自らがかかる目的を破壊せんがために立ち向かったことは怪しむに足らない。
 これはいかなる価を払っても妨げられねばならない。偽物はいつでも悪魔の十八番である。しかり、イスラエルの民は内住の神を持たねばならない。しかしそれは彼らが見得るもの、すなわち彼らをしてエジプトの金について思い起させるところのもの、またエジプト人を助けて安楽にさせたその財宝獲得の途を彼らに絶えず思い出させるようなもの、すなわち金の子牛であるというのが、悪魔によって導かれてきたイスラエル人の考え方である。我らはこの恐ろしい物語の結末を知る。
 使徒はここでただ『民は坐して飲食し、立ちて戯る』という言葉をもって、すべての偽りの偶像崇拝、肉的礼拝の真相を暴露して我らに示している。このようなことは天下洽く同じような状態である。すなわち一方において異教のインド、支那、アフリカ、日本においてそうであると共に、また他方においていわゆるキリスト教国における偽のキリスト教組織──感覚の礼拝が世的慰めと混合したる──においてまたしかりである。或る人は称して近代のキリスト教を「宗教的世俗」或いは別称して「世俗的宗教」と言っている。
 式典主義が聖所を侵すところはどこでも常にそうである。また近代主義が神の教会の上にその凋萎的の手を伸べて来る時は、いつでも世俗は伴い来り、芝居、ダンス、骨牌党などが入ってきて、祈禱のための集まりや霊的敬虔な気分は消えてなくなってしまう。我らは『内住のキリスト』ということについて、いかなる悪魔の贋物にも眼をくれないようによく気をつけようではないか。かの愛の使徒の結びの言葉は『若子よ、偶像を拝することを避けよ』であった。
 イスラエルの聖者を軽んずる以上に大きな罪が他にあろうか? もし彼が自ら譲りて来りたまい、我らの衷に住み、我らの心を彼のホームとなさんとしたもうとせば、あらゆる偶像的方法と当世風の方法がいかに魅力ありなまめかしく見えようとも、それらに従って快楽を求め、しかして『かくのごとき大いなる救いを等閑にするならば、我らはいかで遁るることを得んや』、栄光の主を十字架に釘けたところの世と手に手を取って歩くところの宗教、或いは宗教的服装を着けた世俗ほど、恐ろしいものはない。

霊 的 姦 淫

 また、ある者たちがしたように、わたしたちは不品行(姦淫=文語訳)をしてはならない。不品行をしたために倒された者が、一日に二万三千人もあった。(コリント前書十・八)

 ここに参照されたるものは民数紀略二十五章および三十一章以下に語られている物語であり、しかしてさらに進んでは『バラムの道』と言われる黙示録二・十四にかかわっている。我らはかの背教の預言者が直接にはイスラエルの民を堕落させはしなかったが、王バラクに教えて、イスラエルの子孫にはじめは社会的交際、しかしてついには姦淫の方法をもってする偶像礼拝を紹介することによって、彼らの神よりして彼らを分離せしめたことを知っている。
 イスラエルの民はまず親しい社会的交際の中に混淆してしまって、ついには彼らを呪うと預言において言われていたその人々との姦淫を犯してしまったという記事を我らは読むのである。
 彼らの上に神の呪いを降さんとする試みは失敗したけれども、今やより恐ろしい方法が使用せられ、それによってイスラエルの民は彼ら自らの上に呪いを齎し、零落と破滅にまで及んでしまったのである。
 使徒ヤコブは、世との交際は霊的な姦淫であると告げる。聖パウロは神の仇敵なりという。世を愛するということとそれを怖がるということと、この二つについてどちらがより荒戮たるものであるか私は知らない。世は媚びかつ言葉巧みに誘うことに大いに努力し、天鵞絨の手袋をもってその死の舞踏にまで引きずり込んでしまう。彼女の手段の曝露せられまた拒絶せられんことを! 彼女の進路は妨げられよ、さらば彼女は急いでその手袋を脱ぎ、ついに醜い鉄の手を現し、それを用いるに至るであろう。ああ! いかに多くの人々がよろめき、しかして社会的追放という怪物の前に打ち倒されることであろう。
 曠野においては常にこれらの敵がこっそりと忍び寄る。聖別されないクリスチャンの心には、常に、世の魅力に応えるものか、しからずんば世の反抗と軽蔑を恐れるものかがある。
 実にたくさんの聖徒が世俗と妥協とのために曠野において滅んだ。栄光の主はパトモス島におけるがごとく、今や我らにも『バラムの教えを保つ者どもあり、バラムはバラクに教え、彼をしてイスラエルの子孫の前に躓く物を置かしめ、偶像に献げしものを食らわせ、かつ淫行をなさしめたり』との御言葉をもって警戒したもう。
 おお我らはこれらの悪がことごとく心より逐い出され、約束の地において安らかに憩うまで休まないようにしようではないか。

キリストを試みること

 また、ある者たちがしたように、わたしたちは主を試みてはならない。主を試みた者は、へびに殺された。(コリント前書十・九)

 使徒がいま我らの注意を惹くところの章句は二つある。というのは、二つの場合があったように見える。すなわちその時にイスラエルの民は『キリストを試みる』という罪を犯したと言われている──もちろんこれは、彼らがキリスト御自身については明らかに何も知り得なかったのであるから、まことに著しい言い表し方であるとは思われるけれども──。
 二つの場合というのは、出エジプト記十七・二〜七と民数紀略二十一・五、六とである。第一は彼らに少しの飲むべき水もなかったときであった。第二は彼らがマナのほか食すべき少しのものをも持たなかったときであった。前の場合に彼らは言った、『主は我らの中に在すや』と。後の場合には『我らはこの粗き食物を……厭うなり』と叫んだ。
 悪しきことに対して貪りを起したときに(民数紀略十一・四)彼らは神の約束を軽んじた。偶像礼拝をなしては(出エジプト記三十二章)彼らは神の道を棄てた。その姦淫によりては(民数紀略二十五章)彼らは神の権威を廃棄した。そして今や彼らの不満足のゆえに彼らは神の臨在を疑いかつ拒んだ。これらのことは経験にしっくり当て嵌まる。肉的な心は霊の糧に対してほとんど味覚を持っていない。『曠野における磐よりの水』とか『天よりのマナ』とかと記されたる言葉は、神の臨在の祝福されたる徴証であるということなど、なかなかこれを悟り了解するに難しいものである。しかし外部的には暫くなお曠野に滞在するといえども、ヨシュアやカレブのごとく、曠野の状態がその心から取り去られた人は、その心に約束の地を持つ。そして彼は聖霊という『活ける水』、および聖言という『活けるパン』が、神御自身の内住したもう聖臨在の祝福された、そして確かなる徴証であるということを了解する心と、聴く耳と、これを見る眼を持っている。そして彼らはまことに満たされるのである。
 我らの心の状態は鏡に映すがごとく、かかる言葉の中に顕れ出でてはいるまいか。耳に聞こゆる言葉でないとはいえ、無言の中に言う『我らはこの粗き食物を心に厭うなり』との憎むべき精神を発見するのであろうか。また神の聖言とは異なる、何かより刺戟的な、より智的な、より世俗的なものを霊の糧として我らは憧れ求めているのであろうか。或いは神の聖言の各ページを通して彼が与えたもうところの天よりのパンと活ける水によって、我らと偕に在す彼の見えざる聖臨在を知り奉ることによって、エジプトの世俗の肉鍋や韮、葱などの到底及びもつかぬほど、より美味くかつカナンの乳や蜜のごとく極めて甘美なる、曠野のかのマナを我らは見出したであろうか。

不 信 仰

 また、ある者たちがつぶやいたように、つぶやいてはならない。つぶやいた者は、「死の使」に滅ぼされた。(コリント前書十・十)

 我らは今や潔められざる霊魂の中にある肉性の中で、最後的なしかも最も恐ろしいものに到着した。この引照は民数紀略十四章に記されている物語についてである。
 主はかく嘆きたもう、『これらの人々はかく十度も我を試みてわが声に聴き従わず』と。使徒はただこれら五つの場合を選び出している。そのうちで最悪のものは不信仰というこの恐ろしい物語である。イスラエルの民はついに約束の地にやってきた。長く待ちに待った日は今や目前に迫った。その日こそ、幾百年にわたって主ご自身が楽しみ待ちたもうた日であった。モーセもまた彼が願い来りしごとく、その一切の骨折りの成就を見るはずであった。彼はただこの一つの大いなる目的のために生き、また働いて来たのである。彼は約束の地にイスラエルの人民を引き入れるというただ一つの夢、一つの大望を持っていた。そして今や彼らはその境界にまで来ていた。ただ一歩にして彼らは安息の故郷に入ることができるのであろう! ああ悲しむべし、しかるに彼らはそうでなかったのである。彼の望みの一切は地に投げ棄てられ粉砕された。彼らは勝利の間際に踵を返した。災難は続いて起こってきた。
 ヘブル書の著者はその原因を我らに告げて『不信仰の悪しき心』と言っている。禍の原因は極めて根本的なものであった。すなわちそれは不信仰の心であった。それは最も悪質の厭世観と、恐れと疑いを生む、不信の本性──悪しき実体──すなわち背信の状態であった。過去の一切の罪の数々や、踏み迷いや偶像礼拝は、この腐敗した樹からの果実であった。肉的な心は神の旧敵である。その名前たるやたくさんある。その性質たるや種々雑多である。しかし不信仰はそのすべての恐ろしき属性のうちでも最も猛悪に築かれた堡塁である。
 神の聖言はこの悪しきことについて七つの絵を我らに見せる。目にある梁木(ルカ六・四十一)、心の顔被い(コリント後書三・十三、十四)、石(マルコ十六・十四、エゼキエル三十六・二十六)、纏える衣(ヘブル十二・一)、山のごとき邪魔物(マタイ十七・二十)、不信仰なる悪しき心(ヘブル三・十二)、切り離すナイフ(ローマ十一・二十〜二十二)。
 不信仰は詛わるべき悪魔的罪──諸悪の根──我らの一切の愆と悪との源泉である。これが、しかり、これのみが、神の民が約束の地に入ることができないように神の御手を縛りつけたものであった。
 モーセは十二人の斥候を送り出した。彼らは良き報告を持って帰って来た。彼らのうちの二人、すなわちカレブとヨシュアのみは約束の土地を直ちに占領することができると明言した。その国は、神もまたかつて確かにそうあるべしと宣うたものであって、まことによく神の聖言と一致していたにもかかわらず、残りの十人は占領することは全然不可能であると宣言した。これらの二つの報告は、含蓄ある、しかし恐ろしい問答の形において写実的に陳述されている。

   十人  我らは‥‥‥得ず (民数記十三・三十一)
   二人  我らは必ず‥‥‥得る (民数記十三・三十)

   十人  その中に住む者を呑み滅ぼす地なり (民数記十三・三十二)
   二人  彼らは我らの食物とならん (民数記十四・九)

   十人  その町々は堅固にしてはなはだ大いなり (民数記十三・二十八)
   二人  彼らの影となる者は既に去れり (民数記十四・九)

   十人  我らは蝗のごとく、彼らにもしか見なされたり (民数記十三・三十三)
   二人  主我らと偕に在すなり (民数記十四・九)

   十人  我らが見し民はみな身の丈高き人なりし (民数記十三・三十二)
   二人  主もし我らを悦びたまわば我らをその地に導き入りたまわん (民数記十四・八)

 ああ! 悪しき評議が勝ちを得た。十人の者の不信仰は燎原の火のごとく大衆中に燃え拡がり、死に物狂いの働きをした。
 昔の物語より離れて、我らをして自らの心を見つめしめよ。聖霊はこの悪しきことについて我らを覚罪せしめたもうであろうか。『彼が来りたもう時に罪を定めたもう……罪につきて、と言えるは我を信ぜざるがゆえなり』。私が小冊子において世に公にしたように、『不信仰』というこの恐ろしい悪は、少なくともクリスチャンの場合においては『意志』に中にはないが、しかし想像の中に、頭の中に、心中の考えの中に住み込んで、恐ろしい害毒を伝染させるのである。しかしてその結果は霊の悟りの力を曇らし、道徳的活動力を麻痺せしめるのである。これは我らの感情において、我らの願望において、我らの記憶において、我らの想像において、我らを活ける神から離れさすところの原罪である。これが魂から逐い出され、処分せられなければ、我らは永久にさまよい呻きつつ、常に敗北者とせられるであろう。
 我らの目的は、この悪を曝露して手近にある救済の道を明らかにするにある。願わくは神の御許に来るすべての心に恩恵あらんことを。神こそは我らの性質の中にあるすべてを破壊し、逐い出し、しかしてこの敵を逐い除け得たもう御方であり、しかして安息と勝利と喜びの約束の地に我らを導き入れたもう御方である。
 この約束の地に入国するという栄えある経験について、最近私に手紙を書き送られた一人の人は、曠野の経験について以下のごとく語っている。

 『……主が約束の地、すなわち心の安息、信仰の安息の中に私を入れたもう以前は、眠れぬ夜の間の幾時間に私の中にはしばしば言い難き一つの叫び声があり、また時には聞き取れるように神に叫んで、「主よ、わが衷に潔き心を創り、直き霊を新たに起こしたまえ」と言ったものです。聖霊はその心について、聖書を用い、私の持っているものと比較したまいました。そしてこの二つはまことによく当て嵌まりました。聖書にあるものは一語でも強すぎるということなく、またごくわずかの言い過ぎもありませんでした。私の心はまあ何とか酷な、何と執念深い、何と愛らしからぬ、否、むしろ何と憎むべき、何とその動機において不純なる、何と不正直な、何と頑固なものでしたでしょう! 私は惨憺たるものでありました。なさんと欲する善はなすを得ず、なすを欲せざる悪をこそ私はなしました。おお! この死の体、誰がこれより解き放つのであろうか? 私は全身をもって、また専念に神を愛したかったのです。しかし私はできませんでした。私は迷える心、石の心、不信仰という悪しき心をもっていました。これほどであったにも拘わらず、聖霊は引き続いて絶えず私の眼を主イエスに向けしめ、彼を思わしめたまいました。主の柔和な謙遜な御意と、私自身のそれとを比べる時に何という対照でしょう! おお何という対照でしょう! 私は主のごとき──真の心、真に謙遜な、真に愛すべき、真に人を赦すことのできる、真に低く、そして真に柔和な──そのような心を慕い望み、そのために祈りました。そして私の心はと言えば、ほんとうに不正直な、欺いた、はなはだ悪しき、傲慢な、自分勝手なものでありました。我ながら真に我が心の苦さを知っていました。さる日曜日、或る人は私がほんとうに酷く憤るような或ることを私に言いました。ところがその日も終わらんとする夜半に至って、私はその人を憎まんとする何物かが私の中にあることを知りました。それはあたかも私自身の下の方からこみ上げて来るがごとくでありました。私には戦争と思われるような烈しい闘いが起こり、どうすることもできませんでした。そんなような心の状態で、私は次の日、すなわち月曜日の早暁にやっと眠ってしまいました。そして七時頃に眼を醒ましたのですが、眼を醒ますとそこでどうでしょう、救い主は聖霊なる人格としてそこにいたもうたのです。……突然、信仰によって私は甦れる栄光の救い主を──主イエスを拝しました。私はハレルヤと言うことができます。私は今ヨルダン川を越え、そして約束の地、心の安息、信仰の安息のただ中にいるのであります』。

       神の恵みの豊かさを
          世人は誰も知れよかし
       我さえ懐く愛の腕
          帰る誰をか厭うらん
 


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