爾 癒 ん 事 を 願 ふ や

バックストン敎師講演



 三十八年病たる者一人かしこに在り イエス彼が臥をるを見て其病の久(ひさしき)を知りこれに曰けるは 愈(いえ)んことを欲(ねが)ふや 病る者こたへけるは 主よ水の動るとき我を扶(たすけ)て池に入る人なし 我いらんとする時は他の人くだりて我より先に入る イエス彼に曰けるは 起よ 床を取收(とりあげ)て行(あゆ)め その人立刻(たちどころ)に愈えすなはち床を取收て行めり 此日は安息日なりき
                            (約五・五より九節)

 主イエスはこの日、大いなる不思議の業をなしたまいました。この憐れなる病人に対して大いなる恵みの聖業(みわざ)を顕したまいました。この主イエスは今晩も同じ力をもってこの集会に臨みたまいますから、もしここに病める者、衰えたる者がありますなれば必ずその人々を癒したもうことができます。今晩確かに私共の祈りに答えてここに不思議なる聖業を顕したもうことを信じます。この集会で‥‥‥
 私共はみな既に主イエスの救いを受けたる者ですから心の清い者であるはずです。強い者であるはずです。また私共は既に天に属ける者であるからみな聖霊に満たされておるはずです。今日はペンテコステの時代、すなわち聖霊の時代であるから、私共のうちの一番小さい信者でも聖霊に満たされて強い者であるはずです。他の罪人を主に導く能力を有っておるはずです。また常に罪に勝ち、断えず絶えず悪魔に勝ち得る能力を備えておるはずであります。けれども実際の有様はどうであるか。おお今晩のこの集会はかのベテスダのごとき集まりではありませんか。彼処の集まりは病める者、瞽者、跛者、また衰えたる者などの集まりでありました。神が今晩この集会を見たもう時は、これと同じく霊なる病者、霊なる瞽者、霊なる跛者また衰えたる者の集会ではありますまいか。もし今晩この集会がそういう集会でございますなれば、神は必ず今ここに臨みて私共を癒したまいます。おお神は今晩この集会の真中に立ちて私共の衰えたる霊、病める心を全く癒したまいとうございます。
 主イエスはかの時ベテスダの池のほとりを廻りて多くの憐れむべき者を見たまいました。けれどもそのところに臥す者はイエスの誰たることを知りません。たぶんガリラヤより出でたる田舎者であると思うたでしょう。おお実に気の毒なることであります。彼等は眼の前に救主のいたもうことを知りません。主イエスの癒し主であることを知りませんから恵みの機会(おり)を失いました。おおその時そのところに在る多くの病める者また衰えたる者のうち、誰でも真心をもって求めましたならば急に癒しを受けることができましたでしょう。けれども主イエスはその多くの病人の中を歩きたもうも、彼等はイエスを認めません。主に癒しを願いませんでした。おお兄弟姉妹よ、今晩あなたがたはこの集会の真中に立ちたもう主イエスを認めますか。この集会の中には祈禱もあり感謝もありまた神の聖声も響きます。おおどうぞ心を静めて主イエスを見よ。どうぞ今晩真心をもって、主よ我を憐れみたまえと叫べよ。さらばこのところにて必ず主の大いなる聖能(みちから)を見ることができます。
 『イエス彼が臥をるを見て其病の久を知りこれに曰けるは 愈んことを願ふや』
 癒えんことを願うや、これ今晩この集会の真中に立ちたもう主が私共に与えたもう御問いであります。おお心の病める者よ、癒えんことを願うや、心の瞽者、跛者、また衰えたる者よ、癒えんことを願うや、心の冷淡なる者よ、癒えんことを願うや、心の穢れたる者よ、癒えんことを願うやと、主はいま愛の問いを下したまいます。おお主は今この集会の真中に立ちてこの聖声を響かせたまいます。癒えんことを願うや。どうぞ心を虚しくしてこの恵みの聖声を聞けよ。主イエスは今この集会の真中に立ちて、我は甦りなり、生命なりと叫びたまいます。また我は新しき生命の根源なり、我は生命を与うる者なり、我を信ずる者は死ぬるとも生くべしと叫びたまいます。おお心の病める者よ、今静かに主イエスを見上げよ。どうぞ今晩主イエスの聖能をご覧なさい。実に今晩は救いの晩です。今は確かに主の聖能の顕わるる時です。主は今晩必ずここにて不思議なる聖業を顕したもうことを信じます。癒えんことを願うや‥‥‥ けれども或る者は癒えんことを願いません。誰でも肉体に病があれば癒ゆることを願いましょう。しかし心の病の癒えんこと、心の潔めを願う者は誠に少数でございます。おお今晩この集会においても真心をもって心の病の癒えんことを願う者は誠に少数でございましょう。私共の本性は肉慾を好み、罪悪を好み、高慢を好み、我が儘を好み、すべての穢れを好む者です。私共はかように悪しき者であるから、主がその病の癒えんことを願うやと尋ねたまいましても、これを断ることが度々あります。私は未来において天国に往きました時は全く潔められなければなりません。けれどもどうか今暫くの間、心の穢れたるまま、罪のままにてお措き下されと答えることがしばしばあります。おお今晩全き潔めを願う者は誰ですか。おお心の瞽者、跛者また衰えたる者よ、どうぞいま真心をもって主に癒しをお求めなさい。癒えんことを願うやと主は今あなたに問いたまいます。
 その時、主は三十八年間病める者を選びたまいました。或いはこの者はそこにおりし多くの病める者のうち一番酷い者であったかも知れません。おお兄弟姉妹よ、あなたは今まで長き間罪の奴隷でございましたか。あなたの心は長き間罪に穢れておりましたか。さらばどうぞ真心をもっていま主に癒しをお求めなさい。主イエスは聖なる、聖なる、聖なる救主でございますから必ずあなたの病を癒し、あなたを罪より潔むることができます。主イエスは御自分の神たる能力をもって私共を全く潔くすることができます。おおこれは実に喜びの音信(おとずれ)ではありませんか。今までは私共の心が罪に穢れておりましたから、多くの苦しみ、多くの悩み、また多くの失望がございました。けれどもいま主イエスより全き潔めを受けますなれば、私共は苦しみ、悩み、また失望は全く去り、断えず喜楽と平安と希望をもって満たされます。おお兄弟姉妹よ、主イエスは今この恵みを与えんとて静かにあなたに尋ねたまいます。癒えんことを願うやと。
 『病る者こたへけるは 主よ水の動るとき我を扶て池に入る人なし 我いらんとする時は他の人くだりて我より先に入る』
 おお私共は主の癒しを認めることができません。私共はたびたび熱心をもって祈り、力を尽して求めますが、まだその答えを頂戴しません。心の潔めを受くることができません。ああちょうどこの人のようであります。この人は長き間熱心に肉体の病の癒えんことを求めましたが、受くることができませんでした。けれどもいま活ける救主は彼の前に立ちたまいました。そうして実に彼はその活ける御力によって全き癒しを受けました。おお兄弟姉妹よ、今晩、主はあなたの長き祈りに答えてあなたの前に立ちたまいました。あなたは今晩確かに恵みを受くることができます。どうぞいま静かに目を挙げて、あなたの前に立ちたもう主イエスをご覧なさい。そうして主イエスがあなたのために語りたもう聖言をお聞きなさい。
 『イエス彼に曰けるは 起よ 床を取收て行め』
 おお今晩主イエスはあなたに向かって、わが能力を信じ起ちて潔めを得て帰れと命じたまいます。かの時その人は主イエスの聖言を聞き、疑わずして立ち、新しき力を得て全く癒されることができました。今晩もそのごとくただ主イエスの聖能を信じ、その聖言に従いますなれば、必ず潔めを受くることができます。当時、傍(かたえ)に在りし多くの病者は主の聖能を見て驚きましたでしょう。またその親族朋友に対してこの不思議なる聖業を語りましたでございましょう。けれども彼等は信仰がありませんでしたから、ただ主の聖能に驚きたるばかりにしてその聖能を受くることができませんでした。その時もしその友達から、あなたは何故にその恵みを受けなかったか、あなたはなぜ真心をもって主に癒しを求めなかったか、どうしてあなたはその大いなる恵みの機会を失いたるかと尋ねられたなれば、その者は何とも答えをなすことができなかったでございましょう。おお今晩全き潔めを受けずして家に帰る人あれば、それはちょうどその人の通りです。あなたは確かにこの集会において神の栄光を見ましたでしょう。多くの兄弟姉妹が潔められ、新たなる力を得て喜んでおるのを見ましたでしょう。そうしてあなたはその潔め、その聖能を受くることができませんなれば、あなたは確かに恵みの機会を失ったのです。もしそのまま家に帰り、友達からそのことを聞かれましたなれば、あなたは何と答えますか。おお主は今晩親しくこの集会に臨み、私共の前に立ちたまいます。そうして私共を全く潔め、私共に活ける恵みを与えんとなしたまいます。おおどうぞこの大いなる恵みの機会を失うことなく、信じて全き潔めを受けよ。どうぞ今晩、新しき主の聖能に満たされて家に帰れよ。

 (因みに記す、その夜多くの兄弟姉妹、切に潔めを願う心を起し、集会の後に止まり心を合わせて熱心に祈り、新しく潔めと能力を受けられたり。栄光は神にあれ、アーメン)



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