信仰によって、アブラハムは、受け継ぐべき地に出て行けとの召しをこうむった時、それに従い、行く先を知らないで出て行った。信仰によって、他国にいるようにして約束の地に宿り、同じ約束を継ぐイサク、ヤコブと共に、幕屋に住んだ。彼は、ゆるがぬ土台の上に建てられた都を、待ち望んでいたのである。その都をもくろみ、また建てたのは、神である。 (ヘブル書十一章八〜十節)
我らは前章においてノアよりして、信仰の分離せしめる力を学んだことであるが、いま本章においてそのさらに深いさらに豊かな学課を学ぶために、ノアのそれを補充するアブラハムの肖像が示される。アブラハムはすべての時代を通じて傑出した大人物の一人である。彼はヘブル人の先祖で、その民族の創建者であるばかりでなく、全地のすべての国民は(神の約束に従い)彼に在りて、また彼を通して、既に恵まれ、今も恵まれつつあるが、なお将来も恵まれるのである。
彼の名は聖書のうちに少なくとも百二十度録されている。彼は過去において信仰の父であったが、今もなお信仰の父である。キリスト教の最も大いなる、また最も根本的な『信仰によって義とされる』という教理は、彼の信仰の物語に基づいている。さりながらこの画廊においてここに現されおる肖像は、信仰のその方面を説明するためでない。
ヘブル書の十一章を読み、その三十二節に挙げられている六人の勇者の名を外にして、十分に描写されている肖像は十一である。そしてそのうち五つはアブラハムの家族から取られている。すなわちアブラハム自身から二つ、彼の妻サラ、子イサク、孫ヤコブから各一つである。もし曾孫ヨセフを加えるならば六つに上る。
私がいま指示したように、本章においてこの大族長の二つの肖像が示されているが、今は八〜十節に描写されるその第一のものを考えよう。ここに信仰の分離せしめる能力を見る。そしてその特に強調する特別なる局面が四つある。すなわち、(一)信仰の従順、(二)信仰の実行、(三)信仰の持続、(四)信仰の秘訣である。
信仰によって、アブラハムは、‥‥‥それに従い
順うと言えば、必ず順うべき律法或いは命令を認めることを暗示し、権威に服すること、すなわち主従の関係をも暗示する。さてアブラハムは、一般に偶像が行われ、道徳的にもはなはだ堕落した環境の中にあって、祖先伝来の一神教に忠実で、既に神の僕、しかも普通一般以上の神の僕であった。さればこそ神は尋常ならぬ命令を彼に与えたもうことができたのである。
神が新しい一民族を創建し、その中に一神教的信仰を崇めさせ、また永久に保存せしめようとなしたもうに当たり、その祖先となるべき人を他より離れしめることは肝要であったのである。既に言ったように、これは実に尋常の命令でなかった。移住は当時一般に行われたことであったとは言え、一方においてその家族親族及び故国を棄てることであり、一方では未知未見、かつてそれがいかなるところであるかさえも示されぬその地に向かい、独り旅行を企てるは、何人にしても容易ならぬ勇気を要することである。しかるに彼をしてかかる命令に順うことを得せしめたのは信仰であったと録されている。アブラハムを動かしてかく不思議な冒険を敢行せしめたものは、熱狂でも恐怖でも感情でもなく、また自己を利せんとする何らの野心また願望からでもなく、他人の所為を見習ったわけでもなく、確かに一種の空想、気まぐれ、出来心、否、これらの事共のみな共に働いた結果でもなかった。彼はただ『信仰によって従った』のである。そしてもし従順が律法と命令を承認することを含むならば、信仰は約束を受けいれることを含む。このことを了解するは最も肝要である。神は受けやすい約束を伴わずして、順いがたい命令を出したまわぬ。困難な命令は人をしてこれを厭わしめる。されど神はこの強い遠心力に対応すべく、必ず約束の求心力を加えたもう。或る人が神のご命令に順うことをはなはだ困難とするは、神の御約束の大吸引力を感ぜぬからである。
アブラハムが極めて困難な主のご命令を眺めた時、彼の本能は必ず順うことを恐れ厭うて畏縮したことであろう。されどかく困難なことを命じたもうた主の異象には、それとともに恵み深い、勇気づけ、心惹く、驚くべき約束の言葉が伴っていたのである。かく、彼をして神の命令に順うことを得させたのは約束に対する信仰であったということは、いかに強調しても言いすぎでないと思う。
いかに多くの人々が、神の極めて大いなる貴き約束の偉大さを見ず、その吸引力に感ぜざるために、そのご命令(例えば伝道のための召命)に順うことを逡巡することぞ!
さていま創世記第十二章のアブラハムの物語に立ち帰り、彼に対する神の約束は何であったかを見るならば、そこに
1.我汝を大いなる国民となさん
2.我汝を恵まん
3.我汝の名を大いならしめん
4.我汝を祝福の基とならしめん
とある。アブラハムがこれらの驚くべき御言を聴き、それを思い返し、これらの約束にその心を占領せられ、敢えて御言そのままに受け納れた時に、命ぜられた旅行の困難や支障は問題でなくなったのである。そして彼がよろめき倒れるよう試みられる場合にも、これらの異常なしかも疑う由のない明確な主の御宣言が常にその心を燃やし、その想像を輝かし、順うことを喜びとし楽しみとなさしめるほどに、彼の心身に新しい勇気と決心を注ぎ入れたのである。
聖書の神聖なる記者なる聖霊が、ヘブル書においてここに格別に強調したもうところは、アブラハムの信仰である。多くの人はアブラハムのごとく神の約束を見、これを悟り、ある意味においてこれを喜び、ある程度においてその感化を受ける。されどこれがその生涯の根底を動かすに至らず、その感動は徹底せず、生涯の行程は根本的に変化せぬ。その理由は尋ね知るに難いことではない。かかる人は、神の約束が地上において最も慕わしきものであることを悟らず、その磁力に感じておらぬ。換言すれば、信仰をもってその約束を自分のものとなし、これに同化しうるに至っておらぬのである。この神の約束を自己のものとなし、これに同化するということは、ちょうどアブラハムのなしたところである。彼は大胆に神を信じ、直ちに進んで神の命令に順うことをもってその証拠を示した。かくすることによってのみ、よく神をしてその約束を成就せしめまつることができるのである。
『我汝を祝(めぐ)み、汝は祉福(さいはひ)の基となるべし』(創世記十二・二)というこの約束、すなわち我らの生涯を果を結ばぬ徒労に終わらしめず、人々の祝福の基となして、永遠に続く効果を生ずる有力のものたらしめるとのこの約束にまさって驚くべきことがほかにあり得ようか。
アブラハムはかかる約束を信ずるこの信仰の歩みを取るに至り、一方においては熱狂に陥らず、一方においては気楽な態度を避けて堅実に歩んだ。
『アブラハムは……召しをこうむった時……出て行った』(ヘブル十一・八)と録されている。彼が旅立ったのは『召された時』で、これに先んじて出たのではない。他の人に真似て信仰の冒険を企てるは容易なことであるが、アブラハムの場合はそうでなかった。彼が『召された時』に彼の信仰がただ彼をこの未見未知の地に推し出したのである。
我らももし真に神の御顔を求め、その最善をなさんことを求めるならば、早かれ遅かれ、その御召しは必ず来るであろう。
神はただ霊と真をもってご自身を拝する者を求めたもうばかりでなく、その愛する聖名のため喜び仕え、敢えて生命を賭する大胆な冒険的精神をも求めたもう。そしてかかる精神に対して神の召命の来ることは極めて確実である。
信仰によって、他国にいるようにして約束の地に宿り
さてアブラハムはいかにしてこの不思議な冒険を遂行したか、不案内の途を進み、未知の目的に到達する彼の旅行を考えてみよう。ともかく彼は或る地に到着したその時に、そこが彼の目的地であり、受くべき嗣業の地であることが神より確実に示されたのである。
我らが彼の不思議な旅行を考え、その肖像を眺める時に、忘れてはならぬことは、彼の時代は大いなる建築の行われた時代で、彼の出てきたその地には大いなる邑、巨大な建造物、宮殿のごとき宏壮な居宅などが多かったということである。この点について考古学上の証拠は極めて明らかである。そして彼がなお進んでエジプトに下った時にも、彼はそこにも宏大な殿堂、宮殿や記念碑などを見たのである。かかる時代において、彼は今その嗣業の地に到達したのであるから、必ずまず建築の設計に取りかかり、もしそれが大いなる邑を建てることでなくとも、少なくとも自己とその家族のために手広い住居を設けたであろうとは、自然に想像されることである。しかるに事実は全くこれと異なり、彼は異国にあるごとく、すなわちただその地を通り過ぎる旅人のごとくに寄寓したと録されている。しかも彼は信仰によってかく行ったのである。我らは創世記においてアブラハムの伝記を読めば、彼の所有の土地建物とも言うべきものは、墓地と井戸と祭壇と天幕だけであったことが知られる。
彼は墓地を買い、井戸を掘り、祭壇を築き、天幕を張った。ああこれは何たる不思議の信仰、特異の仕方なるぞ! その地の人々にはこの老人がいかにも奇妙な人物と見えたことであろう! 我らは彼らが噂し合い、次のごとくに語るを聞くがごとく感ずる。「ずいぶん不思議な老人だ。確かに善人であり、種々の点から見て驚くべき人格だが、ただ一風変わっている。元来奇異な系統から出たものであろう。実際、我々には彼を理解することができぬ。彼はずいぶん世の財に富んでいるから、良い地面を買い、立派な家を建てることができる。しかるにいつも天幕にばかり住んでいるとは何事ぞ! そしてその上に驚くべきことには、彼がいま宿っているこの地全体は、結局自分の子孫の国となる時が来ると言いふらしているということである。さても奇妙な考えを持つ者もあったものだ。だが所詮、彼は無害な情け深い老紳士だ。彼が奇妙な仕方をするがままに干渉せずにおくがよい」と。
されどアブラハムは決して変人ではない。彼の尋常ならぬ行動は、その明瞭な、落ち着いた、深い思慮の結果である。彼は自らそのなすところを弁え、自らかかる脱俗的生涯を送る理由を精確に知っている。信仰は熱狂でもなく好奇心でもない。創世記の第十一章を注意して読めば、その所にこの秘密が顕れている。この章に二つの建造物(かかる比喩を用いてもよいならば)がある。一〜九節には人間の設計、努力、団結、また方法が見られ、十〜三十二節には神の御なされ方、神の建築法、神の設計が示されている。人は神の権威に対する叛逆と傲慢をもって強大なる同盟を作り、その名と栄えを永久に保つために宏大なる記念塔を企てる。その材料もまた人間の技巧と労役によって造るのである。その後引き続く世界の帝国建設の歴史、商工業の神に献げる紀念の都市建造、代々を通じて、特に現代における人間崇拝の決意は、創世記十一章前半に見られるこの人類初代の企図と合致している。この企図は、結局、神なくして事を行い、この世界を地上の楽園と化し、来世における天国を無用ならしめようとするにあるのである。
創世記第十一章の後半、すなわち十〜三十二節は、多くの読者には無意味な人名表として看過されるところであるが、我らはそこに神の国民を造りたもう仕方を見る次第である。そしてそれは同盟によってでなく、分離によってである。すなわち神は撰びまた分かちたもう。それは無機体でなく、生ける有機体の建造である。神の企図したもう建物の材料は、製造した瓦石や漆喰でなく、活ける石、すなわち神に召され選ばれ保たれたる人の霊魂である。そしてその目的は人間の名を揚げることでなく、主の御名を高めることであった。神はその初めとしてセム(名を意味する)の子孫を選びたもうた。そのセムの子孫がすなわち我らのいま考察しつつある肖像の主なるアブラハムである。アブラハムがバビロン、ニムロデ、バベルなどに関する過去の歴史を知らなかったとは考えられぬ。同時にまたこの『神の友』が神の結局の目的、企図、その成就の途を示されておらなかったとは思われぬ。もちろん彼がこの地上の生涯において、どの程度にそれを知っておったかを知ることはできぬが、彼は必ず自ら満足するほど十分に聞き、また教えられ、知り弁え、信じていたのでなければならぬ。さればこそ彼はその与えられた自分の地に在ってもなお異国人のごとく、旅人の生涯をもって十分満足しておったのである。
同じ約束を継ぐイサク、ヤコブと共に、幕屋に住んだ。
人が崇高なる何事かを企て、それに向かって出発することと、それを終わりまで持続することとは自ずから別事である。しかもそのことがついに徒労に帰するように見え、当初の計画のごとく成し遂げられる証拠の見えない時は格別にそうである。
さて、アブラハムも次第に歳進み、その子イサクもはや成人した。さればもはや落ち着きのない旅人生活を棄てて、格好な住居でも設け、晩年の慰安を求めるかというと、そうでない。イサクも『同じ約束を継ぐ』者であれば、この同じ生活をも練習させるべきであると考えている。かくて歳はいよいよ進み、孫のヤコブも生まれ、その生涯も終わりに近づいてきた。今はその生活の仕方を棄てることができるであろうか。否、かくてもなお、彼の信仰は彼を保ち、神の示したもうたその道を棄てしめぬのである。彼は『わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。あなたは祝福の基となるであろう』(創世記十二・二)という神の驚くべき約束を、幾度も思いめぐらしたことであろう。されどその齢の速やかに進み行くほどに、これらの約束は自己の生涯の中には成就せぬことを悟るに至った。すなわち彼は決して己が子孫の大国民となるを見ず、己が名の大いなることを見ず、神が彼の受くべき分であると仰せられた全世界の祝福の基となることも知り得ぬであろうと分かった。彼がもし今のこの二十世紀の信者のごとくであったならば、「ああ神よ、約束したまえるこれらのことは、私が死んで葬られ、忘れられてしまった遙か後でなければ成就せぬでありましょう」と答えまつったであろう。アブラハムは「忘れられる」と言うか、否、忘れられはせぬ、決して忘れ果てられることはない。よし神は忘れられぬとしても、死んで葬られた後のことがわが身に何の益があろう。もちろん、わが子孫の大いなる国民となることや、世界各国の民に幸いなる者と称えられることは善いことであるが、今の私にとってそれは何であろうぞ! おお主よ、私は今何を受けるでありましょうか。わたしは家を棄て、親族を離れ、故国を去り、この年月慰安なき貧しき旅人の生涯を送った。その代わりに何を受けるでありましょうか。
されどアブラハムはかくのごとくに語らなかった。彼の信仰はさらに崇高なものであった。彼の信仰は一層高いところに住み、さらに遙かに、さらに広く展望し、さらに栄光ある期待を持っていた。比喩を変えて言うならば、彼の灯火は決して明滅せず、彼の焔は決してくすぶらず、否、その心の祭壇にいよいよ燃えて輝き、また熱するのである。さればかかる信仰の秘訣は何であるか。次にこれを考えよう。
彼は、ゆるがぬ土台の上に建てられた都を、待ち望んでいたのである。その都をもくろみ、また建てたのは、神である。
昔の族長等は、エノクにおいて見たように、来るべき事に関して驚くべき啓示を受けていたが、アブラハムにおいてもその通りである。彼は神の友として神と偕に歩んだが、そのごとくにまた礎ある都を『望む』ことを教えられていた。我らは彼がパトモスの先見者のごとくに黙示的幻像を見たと想像するを要せぬ。否、むしろ彼は後代のアウグスティヌスのごとくに信仰によってこれを見たのである。しかも彼は、モニカの子のごとくに教会中心主義によってその目を曇らせられず、さらに純な、さらに明らかな光をもってこれを見たのである。アウグスティヌスは神の都が地上に建てられると思った。彼の見たところは、霊的真理に新プラトン思想、教会中心主義的伝説を混淆した材料をもって成り立つ妙な建物であった。そして彼の理想の『神の都』が中世期の法王政治の基礎を造った。されどアブラハムの見た幻像はこれと異なり、彼はその都の天より降り来るを見たのである。
さてこの節には、彼の心の期待と熱望が特に強調せられているけれども、ここに用いられている言葉そのものは、明らかに彼がその都、その基礎、その設計者、及びその建造者を見たことを示している。そうでなければ、明らかな観念を持たぬものをどうして望みまた慕うことができようか。
彼はその霊的純潔においてこれを見た。彼は天下の各国民から集められた活ける石が集まって、渾然一つになる、活ける神の一大教会を見た。しかもそれはそこにこの地上に建てられるのでなく、天より降るを見たのである。人間組織、人間管理の模擬的なローマ教会のごときものは彼の眼界には顕れなかった。否、彼は『夫のために着飾った花嫁のように用意をととのえて、神のもとを出て、天から下って来る』(黙示録二十一・二)活けるキリストの体、その血をもって買いたもうた真の教会を見たのである。彼はこれをその一致純潔の有様にて見た。すなわちパウロの見たごとくに見た。その幻像は大いなる広く遠い幻像であった。すなわち彼は教会をその完全さにおいて見たのである。悲しいかな、我らのうち彼のごとくにこれを見るものは真に少ない。我らのうち最も霊的なる者も、その見るところは、現に働きつつあるその地の信者、我らに与えられ、その保護に委ねられているその霊魂を見るのみである。さても! 我らは自分の低い立場から見るばかりで、ピスガの山頂から望む者のいかに少なきことぞ! しかり、神の都の全体を見る者は誠に稀である。我らが天幕に住み、異国にあるごとく旅人の生活をなすことを好まぬのは、そのゆえである。
モーセもアブラハムのごとくにこの幻像を見たので、彼は後代の我らも属するところの『神の家の全体に体して忠実であった』(ヘブル三・五)。エゼキエルもイスラエルの家にこれを示すべく命ぜられた。それは、彼らにその私心と自己中心を恥じさせるためであったのである(エゼキエル四十三・十)。パウロもまたこれを見た。それゆえにテモテのほか真実にピリピの聖徒のことを慮る者のないことを歎き、『人はみな、自分のことを求めるだけで』、すなわち己が霊的必要またその享楽を求めて、主イエスの利害を心におかぬと言っている(ピリピ二・二十一)。
今日の諸教会の生命を害するものはこれである。彼らは全体としてのキリストの体の幻像を見ておらぬ。彼らはほとんど全く自己のために存在している。そうでない者も、ただ外部の組織的形式を一にせんことを求めるくらいがその最善で、教会自身が世俗的で、霊的でない状態にあることには、全く無関心である。
さて、使徒パウロはエペソ書中にキリストの教会について三つの驚くべきことを示している。(一)それは各々の建物(精密に言えば別々の建物)が建て合わされて一つの建築物となることを示し、(二)それを聖なる宮と称え、(三)また神の御住居と呼んでいる(エペソ二・二十一、二)。いま我々はこの第一の点を考えたい。パウロはユダヤ、ギリシャ、ローマ、その他諸国の信者の別々の団体がそれぞれその特殊な国民性を保ちながら、互いに建て合わされて、一つの栄光ある建物となることをその幻像に見ているのである。前に言った神の都が、神殿にその比喩は変わっているけれども、幻像は一つである。願わくは我らもこの時代の終わりにおいて、アブラハム、モーセ、エゼキエル、またパウロのごとくに『この都』の幻像を見んことを! もし我らがかくこれを見ることを得るならば、聖霊の能力によって我らの生涯と生活の様式が変わり、アブラハムのごとく天幕の中、祭壇の上、井戸の傍らの生活となるであろう。
アブラハムはこの都を見るばかりでなく、さらに進んでこの都の設計者を見た。主イエスはそれについて、『アブラハムは、わたしのこの日を見ようとして楽しんでいた。そしてそれを見て喜んだ』(ヨハネ八・五十六)と言いたもうた。アブラハムは主イエスの御謙卑、十字架、御受難の日を見たばかりでなく、王として治めたもう御再臨のその日、主の殿となるべく幾千年の間、世界の石切場から切り出され、形造られ、磨き上げられていた、多くの活ける石が集められて、いと宏壮に建て上げられるその日、すなわち主が『すべて信じる者たちの間で驚嘆され』たもうその御顕現の日を見て喜んだのである(テサロニケ後書一・十)。彼にとってはこの日が栄光ある現実であった。かくて彼の視界からすべての地に属くものの光彩は消え去り、その好尚魅力の共に過ぎ去るこの世の栄華を慕うことからその心を潔めるほどに、彼の幻像は鮮明躍如たるものであった。
バプテスマのヨハネも、熱心に彼に傾聴しつつあった群集の去って、その人望の衰え行くを見つつ、『彼は必ず栄え、わたしは衰える』(ヨハネ三・三十)と言うことができた。そしてこの驚くべき証言の理由として『花婿の友人は立って彼の声を聞き、その声を聞いて大いに喜ぶ。こうして、この喜びはわたしに満ち足りている』(同二十九)と言っている。彼はこれをもって全く十分に満足したのである。彼に対してはこの世界、しかり、彼が心にかけたその宗教界すらまた永遠にその魅力を失ったのである。
そのごとくアブラハムもこの都の大設計者を見、その日を見た時に、この世とその野心とを永久に奪いさられたのである。彼は自己のために都を建て、住居を設ける願望を持たず、さらに偉大なる事業のために専心従事するに至ったのである。
物質的の建物を建てる場合においては設計者と建築者は同一人でないが、アブラハムの幻像においては神ご自身がその目論む御方であり、また造る御方である(十節)。さりながら設計と建築とは自ずから別の過程をとる。そして一つは父なる神により、他は聖霊なる神によって行われる。パウロが『御霊によって(through the Spirit)神のお住まいとなるべく共に建てられる』(エペソ二・二十二=欽定訳)と言ったのは聖霊の御造営のことである。
悲しむべきことには、我らは常に聖霊を除外してその業を企てる。されば、認められず、求められずして、御霊はいかでご自身の大業を成したもうことができようか。我らは計画しては建て、建ててはまた計画する。我らは組織し、決定し、決定してはまた組織する。そして終いに聖霊が憂えて、我らの愚と失敗と倒れに至るに任せたもうまでに至る。しかるにアブラハムはこの大いなる建築者の幻像を見ていたので、一度ならず災厄に近づいたけれども、自ら神の建物に手を触れることをせずして、その生涯の終わりまで天幕に住んでいたのである。
彼がこの都の建築者を見たということが確かである以上、それは霊的の建物であったということも明らかである。願わくは我らもこの建築者なる聖霊を見まつり得んことを。そして人間の栄えのために宗教的組織、宗派、教派、協会、同盟、連盟のごときものを造って、天の設計者を失望せしめまつることから免れ得んことを!
基礎というものは、一般に人の目に曝されるものでない。見えざるよう埋められ、隠されるものである。さて、使徒パウロが『あなたがたは、使徒たちや預言者たちという土台の上に建てられたものであって、キリスト・イエスご自身が隅のかしら石である』(エペソ二・二十)と言ったのは、教会の基礎を指している。アブラハムの見たものもこの基礎であったであろう。彼は地に旅人また寄留者なる彼自身と、イサク、ヤコブとの三人が、この基礎のうちにあるを見たであろう。神は大ヘブル民族の基礎、やがてはすべて神の真のイスラエルたる者の基礎を据えんことを求めつつありたもう。そしてアブラハムは信仰によって神のこのご要求を見、自ら人の目から隠れ、人の心に置かれざるべきことを覚悟して、『ここにおります』(創世記二十二・一)と叫んだのである。彼はこの都の基礎を見、またその上に建てられるこの基礎の一つとなることを喜んだのである。実に幸いなる幻像! 幸いなる信仰の勝利! すべての国民はなおもアブラハムを幸いなる者と呼ぶであろう。
最後に私は、アブラハムの幻像は目に見ゆるところの幻でなく、信仰の幻であったということを強調したい。彼は神と偕に歩み、神と偕に語る間に、神の偉大なる目的を学んだ。彼は神の啓示の大望遠鏡をもってこの都を見たのである。ヘブル書十一章十三〜十六節にて読むごとく、彼は遙かに約束のものを望み見たのである。実にそれは時間からしても空間からしても遙かに隔たっていたが、彼は天幕の入口で会った者をするごとく、抱き迎えた。それほどに彼には約束のものが活き活きと現実に見えたのである。彼が見て喜んだキリストの日は、その実、数千年後のことであるけれども、彼には明日のことのごとくであった。彼はこの都があたかもその目の前に形をもって現れつつあるがごとくに覚え、それが『日の終』まで実現せざることを知るに満足し、幸福に感じていた。それほどにこの光栄ある日は彼には確実であったのである。聖霊によって吹き込まれた信仰は、幸いにも、神と偕に歩む人の哲学から時間空間を消し去るのである。人がその生涯の旅路の終わりに近づいて未来の幻を見、永遠の価値に無関心に過ごしてきたことを、よし痛悔とまでは行かずとも残念に思うことは珍しいことでないが、アブラハムにおいては、この幻像が彼の生涯の朝とも言うべき時に来り、彼の精力能力の全部を鼓吹し、指導し、また形造ったのである。
かくて我らは今、この次に来るところの二肖像を見るべくここを去らんとする。その前に暫時立ち止まり、我ら自身の霊魂に問いたい。我らにとっても信仰が分離を来らすものであるか。我らも空虚なこの世の野心から離乳しているか。しかり、なお進んで、我らも基ある都を見るために、宗教界がその魅力と吸引力を失っているであろうか。我らもまたキリストの日を見ることを喜んでいるであろうか。否、既にこれを見て喜びつつあるであろうか。そして不思議にも、この都の大設計者は我らにその設計と意匠を示すことを望みたもう。その上、驚くべきことには、我らがもし、ご自身の御誉れ、御熟練、御技倆、ご栄光を顕すためにとて、自ら隠れた石となるべきことを欲するならば、その建築者たる聖霊は、我らをしてご自身との共同動作に入らしめようと備えしていたもうのである。
感謝すべきことには、これらのことはただ単なる過去の幻像ではない。西洋文化の熱鬧都市における慌ただしい社会には知られない、世界の隅の隠れたところに、神は今なお信仰の分離せしめる力を証しする証人を持ちたもう。
私は近頃、一人の日本の同労者の葬式に列し、深い感動を受けた。彼は年若くして世を去ったのであるが、彼によってキリストに導かれた信者の一人が彼の臨終の様を語った時には、集会の中に涙せぬ者とてはなかった。
彼が遣わされたその町は、大正二年に地震と火事に見舞われ、住民の五分の一は焔の中に亡んだのである。彼の前任者も至って熱心な青年伝道者であったが、倒れた屋根の下になり、そのまま焼き殺されたのであった。
彼は実に旅人、また寄留者の生涯を送っていた。彼は晴れの日も雨の日も、陽光うららかな時も嵐吹く時も、失われた者を求めて救わんと、山路を越えて村々を訪い、日毎に自転車を乗り回し、殊に雪の深い日には徒歩にて辿り行くのであった。彼は、私の知る人のうちほとんど理想的な農村伝道者で、至って質素謙遜な者であり、主の栄光に対する熱心をもって満たされていた。彼は古のアブラハムのごとくに永遠の都の幻像を見て、自分のなすべき事は、西部日本の山々の石切場からこの都のために人手にて造られざる石を集めることであると自覚していた。
彼は肺炎と肋膜炎に冒され、その身体に燃ゆるごとき熱を発して苦しんでいた。彼の臨終に彼を見舞った近隣の町の若い牧師に向かって第一に問うたのは、その友人の牧している群れの状態であった。彼はほとんど自分のいかなる様にあるかを忘れたかのごとく、ただ人の霊魂を心にかけていたのである。
彼はその死する少し前に筆と紙を求め、漸くに手を伸ばして、苦痛と骨折りをもって、第一の紙に『昨夜は私にとってゲツセマネであった。生涯にかつてない烈しい戦いをした』と書き、第二の紙に『今日は私の十字架である。されどこれを負うことはあまり苦しいことでない』と書き、第三の紙には『明日は私の栄光ある復活である』と書いたが、それ以上書くことを得なかった。ただ彼の傍に座している若い同労者に向かって、『私はこの小さいランプの下に伏していて、せわしい息をしているが、この一息一息が祈りの息であることを知ってもらいたい』と言った。その後、熱が一層高くなった時に、『まことに肺炎熱は火そのものだ』と言い、少し休んで、『火!! そうだ、熱いほど善い。火を通して私のこの身体が平安になるのだ』と言った。また少し後に、『もうじきに、ただ信仰によってばかりでなく、実際に鷲のごとく翼を張って上る』と言い、さらに『今朝はただ、おお神は愛なり、神は愛なり』と言ったが、彼の生命の次第に衰え行く時に、『おお、これぞ真の生命だ、わが心は喜びに満ちている』と言った。
さてこの葬式において、最初の牧師の紀念のために建てられたこの小さい会堂が、彼によってキリストに導かれ、或いは主を求めつつある村人をもって満たされているこの光景は、実に心を動かすものがあった。
式の終わりに、私はこの死せる牧師に敬意を表するために集まった涙ながらの会衆から振り向き、初春の花をもって飾られている彼の死に顔を見るに、そこに深い静かな安息が見えて、何ら苦痛の跡も残っていなかった。
かつて偶像崇拝の暗黒中に彷徨し、全く失われた中から、召され、選ばれ、使命を授けられ、死に至るまで忠信なる者とせられたこの主の忠僕を思う時に、わが心は讃美をもって満たされる。
私は思い返し、ただ繰り返して言い得る。しかり、かくする価値のあることは、わがこの故国における諸友によって注ぎ出されたすべての祈禱と克己と愛は、この場合のごとき、かかることによって豊かに報いられるということである。
かかる霊魂に与えられた永遠の都の幻像のゆえに、またすべてのこの世の野心と栄誉から我らのこの兄弟を離れしめ、主イエスの善かつ忠実な僕たらしめた信仰のゆえに、神を讃美しまつる。疑う由もなく、彼は古のアブラハムのごとくキリストの日を見て喜んだのである。
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