第六章、第七章 生命における動力


フランス革命時代の執政内閣員の一人なるレボーが、その宗教〝博愛教〟のあまり成功でなかったことを嘆いてタレーランに語ると、彼は同情深くレボーに答えて、「往きて十字架につけられ、葬られ、三日目に復活し、それから続いて奇蹟を行い、死人を甦らせ、悪鬼を逐い出せ」と忠告した。アーメン

「全能の父なる神は、その御子イエス・キリストを死人のうちより甦らせたもうた」──これは支那の一牧師がその生涯の非常に困難なる場合に常に用いた言葉である。

 おお神よ、汝が証を我は信じ、
  アブラハムの足跡を我は踏み、
 約束の裔なるキリストを
  受けまつることを期して待つ。
 汝は見たもう、御力に対する信仰をわが持つを。
  この信仰をわが衷につくりたまえるは汝なれば。
 汝は死せる霊魂を墓より呼び出だし、
  虚無より、世界を語り出したもう。
              チャールス・ウェスレー



第六章 サ ラ (生命)


 信仰によって、サラもまた、年老いていたが、種を宿す力を与えられた。約束をなさったかたは真実であると、信じていたからである。 (ヘブル書十一・十一)

 我らなおこのヘブルの画廊を歩み進むほどに、次に差し向かう一対の絵画はサラの肖像とアブラハムの今一つの肖像である。生涯の動力としての信仰を例証するために、聖書中の多くの貴い婦人の中から選び出されたのは、サラとラハブだけであるが、サラはヘブル民族の第一の祖妣として当然最初に挙げられるのである。そしてここでサラがその夫と共に例証するところは、信仰の実を結ぶ方面である。これによって、ただ信ずる霊魂のみがよく命を保ち、豊かなる生命を保ち得るということが示される。元来、母となることは大いなる恩寵の特権であり、強い本能であり、また厳かな責任であるが、これはまた心霊界においても真である。されば、キリスト者たる者はみな霊魂を得る者たらんとの願い、すなわちパウロの言ったように霊魂のために『産みの苦しみ』(ガラテヤ四・十九)をなす者たらんとの願望を持つ、或いは持つべき者である。
 サラとアブラハムがその証人としてここに呼び出されているのは、かかる幸いなる召命を受けている我らを励ますためである。サラは生命の秘訣、すなわち霊的に母となることを我らに教え、モリヤの山におけるアブラハムの話は我らを『さらに豊かなる生命』(ヨハネ十・十)に導く。何となれば、一粒の麦が地に落ちて死なねばただ一つであるが、『もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる』(ヨハネ十二・二十四)からである。
 アブラハムの生涯には特に注意を惹く七つの出来事がある。そのうち最も顕著なことは、その子イサクの奇跡的な誕生と、彼を心より犠牲として献げたことである。第一は救い主の肉体をとりたもうたことの型、第二はその十字架と御受難の型である。聖霊は、生命と豊かなる生命の学課を教えるためにこの二つの出来事を用いたもうが、我らはまず暫く第一の出来事を考えたい。そして創世記によればそれはアブラハムの信仰に帰せられるが、ここではサラの信仰に帰せられ、『信仰によって、サラもまた、年老いていたが、種を宿す力を与えられた』と録されている。
 アブラハムは、神が彼に対して『我は汝のはなはだ大いなる報賞なり』(創世記十五・一=欽定訳)と確言したまえるに対して、『あなたはわたしに何をくださろうとするのですか』(同二)と問いまつった。それに答えて神は三つのものを約束したもうた。すなわち(一)彼の嗣業として一つの土地を与え、(二)彼の世嗣として一人の子を与え、(三)一つの強き大民族となるべき彼の子孫たる民を与えるべきことを約束したもうた。そしてなお進んで、このことは奇跡的に生まれるその子によって成就すること、すなわちただその子によってのみ約束の子孫を与えられるべきことが明らかにされた。いま我らが学ばんとするところは、その第二の賜物、すなわちキリストの型なる約束の子についてである。アブラハムの子孫がただこの約束の子によってのみ与えられるごとく、霊魂を得んとする者が霊的子孫を得るのは、ただこの型の本体なる主イエスによるほかないのである。主が我らの心の衷に生まれ、形造られ、顕され、ただ住まいしたもうに至ってのみ、我らはよく神のために実を結ぶこと、すなわち人の霊魂のために産みの苦しみをなすことを得るのである。さればイサクの誕生の物語、またサラが裔を宿す力を受けた信仰の物語は、神の御子の事実上肉体をとりたもうことの型であるばかりでなく、キリストご自身の人の霊魂に生まれたもうことの絵画である。言葉を換えて言えば、この神的内住を通して我らが霊魂を捕らえる者となるように、この秘訣を我らの理解に開示して励ましたもうのである。我らの主イエスが『女が子を産む場合には、その時がきたというので、不安を感じる。しかし、子を産んでしまえば、もはやその苦しみをおぼえていない。ひとりの人がこの世に生まれた、という喜びがあるためである。このように、あなたがたにも今は不安がある。しかし、わたしは再びあなたがたと会うであろう。そして、あなたがたの心は喜びに満たされるであろう』(ヨハネ十六・二十一、二十二)と言いたもうたのも、その約束したもうたご臨在の内部的顕現を形容して仰せたもうたのである。されば今、サラの肖像を考察する前に、まず新約聖書を開き、使徒パウロが『内住のキリスト』という大問題につき我らに語っているところを学びたい。

一、キリスト衷に顕示されること

 ところが、母の胎内にある時からわたしを聖別し、み恵みをもってわたしをお召しになったかたが、異邦人の間に宣べ伝えさせるために、御子をわたしの内に啓示して下さった時、わたしは直ちに、血肉に相談もせず…… (ガラテヤ一・十五、十六)

 パウロは、彼がダマスコ途上で主に会った後、神がその御子を彼の衷に啓示すべき由を知らしめたもうた時に、この啓示を受ける準備、また手段として、キリストの地上の生涯、奇蹟、教訓、また死と復活、昇天の詳細を使徒たちより学ぶためにエルサレムに上ることをせず、かえってアラビアの野の寂しきところに行き、そこで聖霊なる神を待ち望んだ由を語っている。彼が受けたのはそこでであった。彼はそこで見、聞き、また見出したのである。すなわち彼にキリストが内的に啓示されたのはそこでであった。そしてその内的啓示には目的があった。すなわちそれは彼が霊魂を捕らえる者となり得るためであり、異邦人の間にキリストを宣べ伝えるためであり、人の救いのために産みの苦しみをなし得るためであった。これこそ神がご自身の僕に対して持ちたもう御企図である。その時よりキリストは彼のためにすべてのすべてとなりたまい、キリストとその十字架が彼の唯一の題目となったのである。かくして、キリストがかつて仰せられた『真理の御霊が来る時には、……御霊はわたしに栄光を得させるであろう。わたしのものを受けて、それをあなたがたに知らせるからである』(ヨハネ十六・十三、十四)との約束が成就したのである。
 そして誠にパウロは現実のキリストを住まわしめ得るように、すなわち詩的、神学的、社会的、理想的キリストでなく、人を救い、聖め、満足せしめ、苦を忍ぶところの実際のキリストを、信仰によって常に住まわしめまつることのできるように、その内なる人が御霊により力をもって強くせられたのである。実にキリストが彼の衷に顕されたもうた。かくてサラのごとく、彼もたね、すなわち山をも動かすほどに力ある信仰の種を宿し得る力を受けたのである。

二、キリスト衷に形作られること

 ああ、わたしの幼な子たちよ。あなたがたの内にキリストの形ができるまでは、わたしは、またもや、あなたがたのために産みの苦しみをする。 (ガラテア四・十九)

 もし衷に顕示されたキリストが、この啓示を受けた者に彼をすべてのすべてとならしめるならば、衷に形作られたキリストは、我らを知り、日々我らと共に住み、また、歩む人々に必ずご自身を現実ならしめたもうのである。すなわち、我らを通してキリストの御顔が人々に見られるようになるのである。そしてキリストの美しい御顔はどんな顔であろうか。それも同じパウロが語っている。すなわちピリピ書に、『僕のかたちをとり……死に至るまで従順であられた』(二・七、八)と言っている。謙遜と従順はキリストの御顔の特色であったのである。今一度、我らはすべてのことが一つの目的、すなわち滅び行く世を救い、肉的な教会を聖める目的のためであるということに気付く。ここに一般に誤り考えられている一つのことがある。それは、我らが神の大能の手の下に自己を卑くせねばならぬのは、我ら自身の罪深きためばかりであると考えることである。もちろん、我らの犯罪と罪深い性質とはかく自己を卑くするに充分な理由ではあるが、その他に謙遜なるべき理由がないと想像するははなはだしき誤謬である。無罪の主に無論何の罪もない。しかるにその御生涯の著しい特徴は、そのご謙遜であった。主が『わたしは柔和で心のへりくだった者であるから』(マタイ十一・二十九)と仰せられて、人々の注意を喚びたもうた、ご自身の道徳美の唯一の特徴は謙遜であった。さらば何のために罪なき主がかくご自身を卑くしたもうたであろうか。それは、人を救い得たもうためではなかったであろうか。主は勝つために屈したもうたのではなかったであろうか。主が人の子らのうちの最も賤しき、最も卑き者となりたもうたのは、人の子らをして神の子供とならしめ、ご自身と偕に世嗣とならしめるためではなかったであろうか。
 我らにもその必要がある。我らも、我ら自身の衷にかかるキリストが形成されるのでなければ、しかり、かくなるまでは他の人を救うことはできぬ。『わたしについてきなさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう』(マルコ一・十七)との約束を効果あらしめるは、かく衷に形造られた主を通して、ただこの主によってのみである。そしてその『ついてくる』ことは、人類の大いなる僕なる神の御子の御足跡を踏むことの別名にほかならぬ。さればまた、それは柔和謙遜なるキリストが霊魂の衷に形作られるという真理の別の言い顕しである。

三、キリスト衷に生きたもうこと

 わたしはキリストと共に十字架につけられた。生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。しかし、わたしがいま肉にあって生きているのは、わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた神の御子を信じる信仰(神の子の信仰=英訳)によって、生きているのである。 (ガラテア二・十九、二十)

 ここに『生きる』と訳されている語は、エペソ三章十七節に用いられている『住む』という語(次節)とは全く別である。そこには『信仰によって、キリストがあなたがたの心のうちに住み』とあるが、ガラテア書の方は何らそのような意味を表すつもりではなかった。キリストが内に生きたもうとは、内に在すキリストが霊的生活の源泉であり、本質であり、霊魂の大動力であるという意味である。パウロはまたかかる生活の秘訣は『キリストの信仰』(英訳)であると言って、霊魂の内に在すキリストがご自身の信仰をば我らのうちに再現したもうことを暗示している。すなわち、主がこの地上を歩みたもうた時、ご自身の信じたもうたその信仰が、今一度我らのうちに出現するというのである。主はかつて『神の信仰をもて』(マルコ十一・二十二=直訳)という語を用いたもうた。『神の信仰』は『神を信ずる』という普通の語句よりは遙かに多くを意味している。新約聖書の原語には『神を信ずる』ことを示す種々の言い顕わし方があるけれども、キリストがこの格別なる場合に用いたもうた『神の信仰をもて』という語は、そのすべてに異なっている。これは確かに、父なる神がその愛子を世に遣わしたもうた時に、御子を信じたもうたその信仰、ペンテコステの日に聖霊を送り遣わしたもうた時に、聖霊を信じたもうたその信仰、また創造に当たり神が『光あれ』と仰せたもうた時に、御言に対して持ちたもうたその信仰を意味するのである。おお、願わくは、我らもかかる信仰をもって満たされんことを。
 そしてキリストはこの信仰の創造者である。キリストのみよく霊魂の内に住み、ご自身の民たる我らにかかる信仰を創造し、またそれを再現し得たもう。そもそも内住のキリストは我らの衷なる光の源泉で在して、それによってご自身の臨在をば自覚せしめたもう、そしてまた霊魂の謙り仕える一切の謙卑奉仕の源泉で在すが、そればかりでなく、また彼は我らの活ける信仰の源泉で在すのである。これによって我らは神と偕に歩み、神に喜ばれる生涯を送ることができるのである。

四、キリスト衷に住みたもうこと

 どうか父が、その栄光の富にしたがい、御霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強くして下さるように。また、信仰によって、キリストがあなたがたの心の内に住み (エペソ三・十六、十七)

 エペソ書の三章は『こういうわけで……このパウロ』をもって始まり、それより十三節まで挿入句があり、十四節に至って、再び『こういうわけで、わたしはひざをかがめて……祈る』と繰り返す。彼はここにその祈禱の理由を言い顕すが、それは既に前章に言ったところのことである。彼は二章においてその読者に、彼ら、異教から回心した者が、今は『聖徒たちと同じ国籍の者であり、神の家族』(十九)となったということを思い起さしめ、さらに三章に至って、彼らは『共に神の国をつぐ者となり、共に一つのからだとなり、共に約束にあずかる者』(六)であると言っている。さればいま彼はこの一大家族の父たる神に跪きて、彼らが御霊によって衷に力を与えられ、信仰によってキリストをして彼らの心の中にご自身のホームを造り得しめまつるよう祈るのである。換言すれば、キリストが彼らの心の中にその幸いなる家族感を持ち来りたもうように、そしてただ彼ら一人一人に対してばかりでなく、神の全家族に対するキリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さをば、ただ彼らばかりでなく、すべての聖徒と共に悟らしめたもうようにと祈るのである。キリストが心に住み、そのホームをそこに作りたまえば、必ずご自身の民全体にその愛を注ぎ出したもうのである。彼は、我らの兄弟を愛するすべての愛の源泉である。さればこの愛こそ、我らが聖霊をもって満たされおることのまがいなき徴候である。
 さてまたキリストがかく我らのうちに来り住みたもうためには、パウロの祈ったように、我らは聖霊によって『強く』せられる必要がある。キリストが我らの哀れな、萎縮した心に来り、そのホームを作りたもうためには、かつてサラが胤を宿すために力を受けたごとく、我らもまた内なる人、すなわち我らの願望、我らの意志、我らの決心、我らの祈禱生涯、またすべてに超えて、我らの信仰の強められる必要がある。
 さて、このほかにも内住のキリストなるこの生命の源泉から流れ出る幾多の恩恵がある。すなわち使徒パウロは『うちにいますキリスト』は『栄光の望み』(コロサイ一・二十七)であり、人を動かす力(ガラテア二・八=英訳)であることを語っている。主イエスも、ご自身の内住は祈禱に勝利を得る秘訣であることを語り(ヨハネ十五・五〜七)、またご自身が内に住むべく来りたもう時には、満足と喜びの饗筵を設けたもう由を告げたもうた(黙示録三・二十)。ただここにこれらのことを詳述する余地のないことを惜しむ。
 されどもう一度この国立画廊に立ち帰り、この肖像を熟視する前に、わたしがパウロの書翰から引用したところの聖句を読み返せば、そこにキリストの内住の四重の秘訣のあることが発見される。すなわち(一)神の御啓示(ガラテア一・十六)のあるためには、『知恵と啓示との霊』(エペソ一・十七)が与えられねばならぬ。(二)次にキリストの形が内に成ることは、これがために深い苦闘と熱心なる祈りの必要がある(ガラテア四・十九)。(三)第三には、キリストが我らの内に生きたもうことは、その人の自己が、その野心や高慢や罪深き諸性質もろともに、キリストと偕に十字架に釘けられて(ガラテア二・二十)のみできる。(四)終わりに、キリストを心に住まわしめまつるためには、我らは聖霊によって強められる(エペソ三・十六)ことの必要のあることが教えられる。聖霊はしばしば、我らが言うことのできないほどに荏弱なことを示したもうが、その時こそご内住のために強められるべく備えられたのである。この点について、十九世紀の聖徒のひとりである或る婦人が自己の経験を語った次の言葉を引用しよう。
 「私にとってはこの通りでありました。私は卑くされ、空しくされました。そして主イエスはわが一切となりたまいました。私は全く弱きことを感じました(しかり、未だかつて感じたことのなきほどに)。そして主はわがすべての力となりたまいました。私は全く無となり、主は全き盈満となり、私は全然頼りなき者となり、主は全能者となりたまいました。私は自己から飛び出でて主イエスに遁れました。そして主は恵み深く、自由に、金なく値なく価値なく忠信なきままに私を受け入れ、全くわが救いとなり、わが願いを満たしたまいました。主の限りなき御謙卑の下で、極度に卑くされ、また愛をもって満たされて、私は神と一つであると感じました。」
 イサク懐胎という大奇蹟のサラになされた時に、彼女もかかる経験を持ったことであろう。また確かに、至高者の能力がマリアを救い、その生むところの聖なる御方が神の子と称えられると示された時、この経験はまたマリアにとってもその通りであったのである(ルカ一・三十五)。この点において、サラはマリアの型である。

 かくていま我らは古のこの聖徒サラに立ち帰り、それによってこの大奇蹟の我らのうちにも再現し得るところの信仰の学課を学びたい。まず第一に、信仰がサラに何を成し遂げたかを見、次にその信仰の大秘訣を見ることにする。

第一、信仰の遂行

  信仰によって、サラもまた(サラさえも=英訳)、年老いていたが、種を宿す力を与えられた。 (ヘブル十一・十一)

 『サラさえも』! しかり、懐疑的な不信仰のサラさえ、上より力を受けたのである。創世記にはアブラハムが信じかねて微笑した笑いと、サラの笑いが録されている。サラのはじめの笑いは不信仰の笑いであり、後のはその子イサク(笑い)の命名と共に笑った信仰の笑いである(創世記十七・十七、十八・十二、二十一・六)。
 サラの皮肉と不信仰の笑いが信仰と喜びの笑いに変わった時、かくならしめたものは神であったと、サラ自身ほど痛切に感じた者はなかったであろう。されば『そしてサラは言った、「神は私を笑わせてくださった。聞く者は皆わたしのことで笑うでしょう」』と録してある。はじめに『サラには男の子が生まれているでしょう』(十八・十)と告げられた時、彼女が懐疑の笑みを洩らしたのは極めて自然である。かかることは実に不合理なこと、前代未聞のこと、すべての経験に反することで、サラが天幕の後ろでこれを聞いて爆笑するとも、それは世にあっていと自然のことでなければならぬ。もしカルデアやエジプトの大学校から来た最高の学者がかくあるべしと確言しても、サラがそれを嘲笑することを誰も非難せぬであろう。いま我らは自らその心に、サラのこの笑いの反響を聞かぬであろうか。我らも幾分か、キリストの内住など我らには不可能のことである、霊魂を捕らえることなど我らにはできない、死ねるごとき我らから天国の民たるべき多くの霊魂が生まれるなど、かかることはあり得ない、我らは或る大神学者の説を聞き、また非常に心を動かす書物にかくあるべしと書いてあるを読んだが、けれども我らはなおよく知っている、いずれにしてもそれは不可能である、とは言わぬであろうか。我らはサラのように笑わないが、むしろ嘆息し、涙を流し、終いには失望して投げ棄てたではなかろうか。
 サラはその懐疑の笑いをよしとせられたか、また我らの失望の涙も正当と見られるか。否。この驚くべき約束がカルデアの学者によってサラに告げられたのならばサラの笑いは正当であったろうごとく、我らに対しても、それが神学の教師たちの約束ならば失望も道理あることとせられるであろう。されどサラの場合がそうでなかったごとく、我らの場合もそうでない。
 神は既にアブラハムに顕れて、そのことのかくあるべき由を告げたまい、その後、彼の名とサライの名を改めて、彼らに子のあるべきことを繰り返して確かめたもうたが、今また人の形をもって近づき来り、三たびその約束を繰り返したもうたのである。我らにとっては如何。神は我らに顕れたまわなかったであろうか。主は聖霊の我らに臨む時に我らの力を受けることを確言したまわなかったか。しかも、かくも驚くべき約束が或る特殊の階級に限ることとせられぬよう、『この約束は、われらの主なる神の召しにあずかるすべての者、すなわちあなたがたと、あなたがたの子らと、遠くの者一同とに、与えられているものである』(使徒二・三十九)と極めて明瞭に示されている。またこれについて多くの証人がある。この世の方面から見れば全く弱い、平凡な、救霊者としては無資格に見える、幾千の神の僕等が、神は昨日も今日も永遠も変わりたまわず、今も昔も、サラでさえも力をもって着せられることができるということを証明している。願わくは我らも、不信仰の笑いも涙も斥けて、ただ我らの神に聴き従わんことを。我らは既に甚だしく神を憂えしめまつったかも知れぬ。されどサラにあったごとく、我らにも悔い改めて立ち帰り、我らの神を信ずべき時がある。かくて神は我らをして笑わしめたもう。そして不信仰の嘲笑は信仰の喜びに変わるであろう。

     信仰、実に力の信仰は約束を見、
       ただ約束に目をとどめ、
     不可能をうち笑い、
       必ず成ると叫ぶなり。

     内なる罪の支配をとどむるは
       何事よりも難けれど、
     イエスよ、汝が忠信を頼みまつれば
       これもまた成ると我は知る。

 かくて今、我らは今一度この不思議なる肖像をうち眺め、進んでサラの勝利の秘訣を学ぼう。

第 二、 信 仰 の 秘 訣

 『サラもまた……力を与えられた。約束なさったかたは真実であると、信じていたからである。』(ヘブル十一・十一)

 使徒パウロは、エペソの信者に書き送って、彼らの『主イエスに対するあなたがたの信仰と、すべての聖徒に対するとを耳にし』たので(エペソ一・十五)、彼らの信仰のことにつき一切詳細を祈るように導かれたと言い、さてその祈禱の内容を語って、『栄光の父が、知恵と啓示との霊をあなたがたに賜って……あなたがたが神に召されていだいている望み……をあなたがたが知るに至るように』(同十七〜十九)と言っている。その意味は、神が彼らを召したもうたそのことの事実となって顕れるを期待するに何の根拠があるか、すなわちペテロの言ったごとく『あなたがたのうちにある望みについて説明を求める人』に弁明し得るよう(ペテロ前書三・十五)、聖霊によって悟らせられることを願うのである。
 神が我らを召したもうた時に、我らはその召しの効果を望み、期待し、信ずるためにいかなる根拠をもつかと問えば、パウロは自らこれに答えて『あなたがたを召されたかたは真実であられるから、このことをして下さるであろう』と言っている。パウロがこの言葉を用いたのは聖化の大問題に関連してである(テサロニケ前書五・二十三、二十四)。ここに我らの唯一の希望がかかる、すなわち神の真実である。聖霊がサラにその現実を悟らしめたもうたのは、この栄光ある望みであったのである。聖霊の力によって彼女は神を忠実なる御方と判断することができたのである。『神は……ご計画の不変であることを、いっそうはっきり示そうと思われ、誓いによって保証されたのである』(ヘブル六・十七)。かくサラには、自然の目には不合理と見ゆることに対しても『不可能を打ち笑い、必ず成ると叫ぶ』ほどに、神の忠実が偉大に、不変に、絶対に顕れたのである。かく神の忠実を信ずる信仰に応えて、神は裔を宿す力を与えたもうたのである。
 アブラハムについては、彼は『神は……力がある、と信じていた』(ヘブル十一・十九)と言われているが、サラにおいてはその信仰は神の忠実に集中している。サラは神の悖ることあたわぬ御方であることを確信したのである。この信仰に対して神は答えざるを得たまわぬのである。よし神のご意向とその御力に対する信仰は比較的弱くあっても、もし我らが聖霊の力によりそのご忠実を見、我らの面前の御約束と御誓いによってそのご意向を明らかにせられ、断乎として信ずるならば、その時サラにさえもなしたもうたごとく、我らにも裔を宿す力は与えられるであろう。そして主イエスは我らの心に顕され、形作られ、内に生き、住み、働き、喜び、また祈りたもうであろう。かくて我らを通して、また神の我らに与えたもう霊魂によって、多くの聖徒が生まれ、天に住居を得、御再臨の日に我らと共に顕れて、『誇の冠』(テサロニケ前書二・十九)、『しぼむことのない栄光の冠』(ペテロ前書五・四)となるであろう。

 数週間前に私は、我らのうちの経験ある或る伝道者の牧している田舎の教会を訪うた。私が朝の礼拝の後、非常に疲れて休んでいる時に、ひとりの貴婦人が会いたいということで、二階から降りた。会ってみると、それは何となく人を引き付けるところのある四十ばかりの人で、その顔には苦労の跡が見えている。はじめには覚えなかったが、語り合ううちに思い出させられた。それは、二十年前、この婦人がまだ娘で東京の女学校に在学のころ、当時私が持った集会で、数人の女学生たちと共にキリストを信じたのであった。彼女のその後の物語を聞けば、彼女は学校を出て間もなく、とにかく信者と言われるある人と結婚したが、彼女を霊的に助ける人がなかったので、教会には出席しながらも次第に冷淡になり、救いの喜びも失い、心の中ではその全く失ったと思う或る物を回復したいとしばしば願いながらも、表面は霊的のことには全く無頓着になってしまったとのことである。
 ほど経て、彼女に二番目の子が生まれたが、悲しいことにその子は不具であったので、これは自分の堕落を神が罰したもうたのだと考え、彼女は祈って主に立ち帰らんことを求めたが、何の効果もなく、ほかに彼女を理解する者も助ける者もなかった。彼女自身、二、三年の後、病に罹った。はじめのほどは何も気に留めなかったが、ついにそれが胃癌であることが知れた。彼女の唯一の願いは、何とかして病を癒され、その子のために生き存えてやりたいということであったが、病気はだんだん進み、医師の診断を聞いて全く失望するに至った。彼女は言う、『幾たびか子供を抱いて急行列車の前に身を投げようと決心しましたが、妨げられてついに果たしませんでした』と。
 されど間もなく救いが来た。というのは、彼女は招かれて柘植氏の集会に出席したのである。当時、柘植氏はこの婦人のいかなる人かを知らなかったが、これに目を留めて、『この集まりのうちに非常に苦しんでいる者がある。しかし主は必ず速やかに助けたもう』というようなことを言った。そして三日目の夜、彼女は非常に深い覚罪に打たれ、深く謙って救い主に立ち帰ったのである。彼女は柘植氏に面会を求めたが、柘植氏は彼女に霊魂と共に肉体にも悩みのあることを聞き、手を按いて信仰の祈りを祈った。その時から主の癒しの御力が働きはじめ、一ヶ月のうちに癌の症状が全くなくなり、その町の主な専門医の診察によってこの難病の痕跡もないことが明らかにせられた。
 さて彼女は、柘植氏を主に導いた人が始めに自分を導いたその同じ人であることを聞いて非常に興味深く感じ、その時から私に会うことを願い、日々祈ったということである。さればその朝、私が日本に帰り、その町に来たことを聞いて訪ね来り、再び私を見ることを得て喜んだということである。
 ところでこの婦人について特に言いたいことはこれである。すなわち彼女は、その新しく見出した救いと肉体の癒しを喜んで日を過ごすうちに、内住の罪のあることを深く自覚し始めた。そして彼女は自分を占領して常に衷に臨在したもうキリストを知るに至ることを、切に慕い求めるようになった。しかしその時は、柘植氏は天に召された後で、もはや彼女を助けることができぬ。その後出席し始めた教会の人々から多くの助けと教訓を受けたが、彼女の要求は充分に満たされ得なかった。そこで彼女は、その多忙な家庭生活にもかかわらず、祈禱に時を費やし、あらゆる機会に主の御顔を求めた。しかも内部の腐敗を自覚することがいよいよ深くなった。彼女は失望して、ほとんど祈禱を専らにする集会に出席したが、彼女の要求に応ずるようなことは誰も語ってくれなかった。しかしながら、主は御自ら彼女に近づきたもうた。そこで彼女は今一度、その疲れ果てた、重荷を負うたそのままで敢えて信じた。そしてちょうど彼女が救いの恵みを求めた時のごとくに、十字架がその潔める力をもって著しく彼女の霊魂に示された。それから、救い主の臨在、その永久不断の臨在が、心の衷に知られるようになったということである。昨日、彼女は再び私に会いに来た。私はその顔を見て、今は全く落ち着きおれど、これまでいかに緊張し、重圧を感じ、苦痛を忍んできたかを知った。またその口より語る言葉によって、彼女がこの世のあらゆる慰めに取り囲まれていながら、内住の救い主を見んことをいかに切実に、また熱心に渇き求めたかを聞き、またほとんど霊的の助力なしに大いなる値の真珠を見出し、いかに残酷なる纏い付く不信仰の力から釈放されて信仰の秘訣を見出したかを聞いた時に、聖霊が、昨日も今日も永遠にも変わらざる御方であり、人を偏り視ざる御方であることを実覚した。またそれと同時に、我らのこのキリスト教国にあって、彼女のごとき幻も与えられず、よし悲哀や苦痛の坩堝を経過してもこの日本の姉妹の胸に起こったような内住のキリストに対する熱烈な渇きの起こらぬ、多くの自己満足の霊魂を憶わずしては止まれなかった次第である。
 願うは、一万里を隔てたこの地の人々にも、かの婦人の声が聞かれ、私の不作法な筆が彼らの心を呼び醒まして、極端まで救いたもう救い主、永久不断の臨在としてのキリストを知らんとの熱望を起こさしめんことを!
 ただロトの妻を憶えるばかりでなく、サラさえも、約束したもう者の忠実なるを思えるために歳過ぎたれど胤を宿す力を受けたことを憶えよ。
 おお、この幸いなる幻を!! 聖き大望を!! 大いなる信仰を!! 不撓不屈の固執を!! 望むべくもあらぬ時になお望む希望を!! 神が信ずる霊魂をして不可能の前に笑わしめたもう神的の笑みを持たんことを!! 何となれば、天国はかくのごとき者のもので、かくのごとき者は烈しく攻めこれを取るからである。神はその聖国に我らを招き給うた。そして招きたもう者は真実なる御方である。そしてもし使徒パウロの祈ったごとく『知恵と啓示の霊』なる聖霊によって、我らが『神に召されていただいている望み』を知るならば(エペソ一・十七、十八)、我らもまた勝ちを遂げるであろう。そしてサラのごとく、『神はわたしを笑わせてくださった。聞く者は皆わたしのことで笑うでしょう』と言うであろう。



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