第三十三回 ヤコブの失敗



第 三 十 三 章


 神は驚くべくヤコブを恵みたもうた。彼の高ぶりを摧き、その名を更え、新しき性質を授けて新しき人とならしめたもうた。無論、三十五章において後に学ぶごとく、神はまだ恩寵の盈満を与えたまわなかったけれども、もはや失敗するはずのないように恵みたもうた。しかるにこの三十三章において彼の失敗を見るは悲しむべきことである。これはあるべきことではなかったが、我らはこれによって大いに戒められまた教えらるべきである。

一 ヤコブの工夫 (一〜二節)

 三十二章二十八節に『汝の名はかさねてヤコブととなふべからず、イスラエルととなふべし』とある。しかるに三十三章の一節にやはりヤコブの名が記されている。これは実に不思議である。聖書の中に名の更えられた者がヤコブの他に三人ある。一人はアブラハム、一人はパウロ、一人はペテロである。しかしてアブラハムもパウロも名を更えてから一度も旧い名が記されていない。ただペテロの場合のみたびたび新しい名と共に古いシモンという名が出る。しかし古い名のみ出ることはないが、ヤコブだけは古い名がやはりたびたび出るのである。これは何故であるかというに、彼が神の驚くべき約束にかかわらずやはり古いヤコブの性質にしたがって自己の工夫を用いるからである。ここにも家族を三組に分かち、一組に婢女とその子等、一組にレアとその子等、最後に最愛のラケルとその一人の子ヨセフを置いたのは、エサウが婢女とその子供等を捕らえて害するとも、レアとラケルが逃げてしまうことのできるという彼の工夫であった。もし彼が新しいイスラエルとして全く神に信頼していたならば、このような愚かな工夫はしなかったに相違ない。

二 ヤコブの諂諛 (三〜十一節)

 だんだんとエサウの方に近づき来たる。丁寧に挨拶したり、或いは古い罪を詫びるのは当然であるが、彼は実に極端なる程度にまで兄に諂った。すなわちヤコブは兄に近づくのに七度ひれ伏して挨拶した。伏したり立ったりすること七度におよんだ。それから婢女とその子等、それからレアとその子等、最後にラケルとその子等と一々ひれ伏して挨拶した。その上に兄エサウに向かって『我汝のかほをみるに神の面をみるがごとくなり』と言っている。これは実に極端な諂いである。これはヤコブの心に這入っている不信仰の徴である。もしもヤコブがペニエルで受けた経験に随って、神が彼のために働きエサウを取り扱いエサウの心を和らがせてくださると真心から信じたならば、このような卑劣な諂う精神のあるはずではない。

三 ヤコブの虚偽 (十二〜十五節)

 ヤコブの不信仰は、自己の工夫を用い、兄にはなはだしき諂いをなしたばかりでなく、なおはなはだしい罪に陥らしめた。エサウが親切にヤコブに伴い、ヤコブの子等と妻等と家畜を保護すべく偕に行くように言い出したのに、ヤコブはこれを謝して、子供等と妻等の弱きと家畜の孕みおるために共に行くことができないと断った。これは道理あることで、エサウもこれを承知した。しかし自分らは先に帰り人を残して護らしめようと申し出たが、これをも断った。これは道理あることとは見えぬけれども、とにかく断ったのはよいとしても、十四節を見れば彼は『セイルにてわが主にいたらん』と約束したが、セイルはペニエルのちょうど東南に当たるのに、エサウが出立してその姿が見えずなるや否や、西北に当たるスコテの方へ行った。これは欺きである。ヤコブはセイルの方に行くつもりは一度もなかった。。これを知りながら全くエサウを欺き嘘を言った。この罪に対しては何の申し訳もないのである。誠に不信仰は恐ろしい罪に陥らしめるものである。

四 ヤコブのこの世に属けること (十六〜十七節)

 三十五章に見ゆる通り、ヤコブはカナンに帰るとすぐにベテルの方に行き、それより親たちの許に立ち帰るべきはずであった。しかるにかくせずしてスコテの方に行き、家畜と所有物の都合にまかせてそこに家を建て、こやを作って住まった。家を建てることは無論罪ではないが、伝道の書三章十七節にある通り、よろずのことには時がある。この場合においてヤコブにとっては必ず間違いであった。むしろ罪と言っても差し支えないと思う。アブラハム、イサクは共に天幕に住まっていた。これはこの地に在って賓旅であるという徴である。しかるにかの約束を思わず、神に目をつけず、その牧畜業のためにこの世的の生涯を暮らし始めたのである。

五 ヤコブの一層深い失敗 (十八節)

 ヤコブは長くスコテに住んでいたが、如何なる理由かは記されていないけれども、そこに満足せずスコテから遙かに離れたシケムというところに移った。シケムにおいてはヤコブの周囲には神を敬わぬ人々が住んでいた。ヤコブは必ずアブラハムからソドムにおけるロトの話を聞いていたであろうが、それにもかかわらず、その地の不信者と交わり三十四章に見ゆるごとき失敗を来した。彼は貪りのために神の御旨のみちを全く外れ、ベテルこそ彼の住まうべきところであるのに、家畜や所有物の関係上シケムの近辺に住まい、そのために家族に恐ろしい損害を蒙らしめるに至った。

六 ヤコブの一層深い不信仰 (十九節)

 ヤコブは神の御旨の途から外れて、住まうべからざる所になお深く錨を下ろした。それゆえに神の御旨の途に立ち帰ることはますます困難となった。これは常にサタンの方法である。一つの罪を犯せば必ず今一つの罪を犯さねばならぬようになり、困難なる所に入り込めばなお一層入り組んだ難しい所に入らねばならぬようになる。ここでヤコブは田地を買ったが、元来カナンの地は神が価なしにアブラハム、イサク、ヤコブとその子孫に永遠の嗣業として与えたもうたのであるから、買うべきものではないのである。今でもユダヤ人はこのことを深く感じている。大戦争の前に、或る政治家はユダヤ人の富豪にパレスチナの地をトルコから買うように暗示したが、ユダヤ人は怒ってその暗示を拒んだ。何故なればパレスチナの地はユダヤ人の永遠の所有である。最もアブラハムは狭い土地を買ったが、それはただ墓地のための洞穴で、ヤコブが土地を買ったのとはその場合が全く違うのである。
 ここに一つの不思議な書き落とされたことはヤコブの井戸のことである。ヨハネ四章六節を見れば、この時ヤコブが立派な井戸を掘ったことが見える。しかしてこの井戸は数百年の間多くの人々の恵みであったに相違ないが、今ここにはその井戸について何も記されず、ただ彼の失敗についてのみ録されている。

七 ヤコブの良心の膏薬 (二十節)

 ヤコブが全く神の御旨の途から外れて不信仰に陥り、人を恐れてはなはだしく媚び諂いを言い、また虚言を語り、全くこの世を慕っている。彼はペニエルの驚くべき深き経験に随い、神の御旨を行い、御助けを求めるはずであったけれども、実に悲しいかな、十年のあいだ、ペニエルの驚くべき経験を受けなかった者のごとくに生涯を送った。しかしてその上に偽善的に自分の間違いと堕落をば宗教上の儀式をもって掩わんとして、神の御導きにもあらず、住まうべき所にもあらぬシケムの地に祭壇を建てた。彼は実に良心の痛みを鎮める膏薬のごとくにこれを建てたのであるけれども、その名によって彼の心が明らかに顕れている。彼はこの祭壇にエル・エロイ・イスラエル、すなわちイスラエルの神なる神と名付けたが、当然ならばペニエルの神と名付くべきであった。もちろん彼が神の御旨の途に立ち帰るならば、三十一章十三節にある御命令の通りにしてベテルに神の壇を築くべきであった。されどもヤコブはベテルの経験を忘れ、自分の新しい名を誇ってイスラエルの神なる神と名付けた。ヤコブはその時決してイスラエルと称えらるべき者でない。純粋なヤコブである。この三十三章には彼の古い性質、排除者の真相が見えている。さればこの壇に名付けた名は非常な間違いである。このような宗教上の儀式は幾分か彼の良心を鎮める膏薬ではあったけれども、神を欺くことはできぬ。すなわち三十四章を見よ。彼が御旨の途を外れた結果として起こる出来事によってはなはだしく神の御名と御栄えを汚している。



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