第四十三回 ヨセフとベニヤミン



第 四 十 三 章


 だんだんとヨセフの愛と憐憫と恵みある目的が判るようになる。ヤコブの子らはその買って来た食物が尽きたから今一度エジプトに行かねばならぬ。そればかりでなく、一人の兄弟シメオンがエジプトの国に繋がれているから、どうしてもこれを救い出すために行かねばならぬ。ヤコブは幼いベニヤミンを送ることを断然と拒んだが、だんだんと切迫する困難によりついに意を枉げて愛するベニヤミンを遣わすことを承諾した。この第四十三章において兄弟たちの罪の自覚と悔改がますます深くなることを見ると共に、ヨセフの愛と恵みもますます深く現れてくる。

一 ヨセフの愛の目的 (一〜十節)

 そもそもヤコブの子等がエジプトに下る目的は、ただ食物を買い、自分等の生命を助けるということの他はなかった。さればその目的さえ達せられるならばそれで満足するのであるが、ヨセフの目的はそのような僅かなことではなかった。生命を助け食物を与え恩恵を施すことは勿論であるが、更になお深い目的があった。すなわち自分の兄弟たちをして真に悔い改めさせ、自分の愛を信じ、自分と一緒に住まわしめ、自分の光栄と権利と幸福とに共に与らしめる目的であった。これは実に驚くべき模型である。我等罪人の目的は、キリストの救いにあずかり生命を助けられるということで、これが得られるならばそれで満足するかも知れぬが、主イエスは更に広い御心があって、我々を御自身に引き寄せて御自身の心の愛を示し、我々をして御自身との御交わりに入らしめ、また神と交わらしめたもう思し召しである。しかしヨセフの目的はヤコブとその子等には全く隠れていた。かかる洪大なることは夢にも悟らなかったから、ヤコブはちょうど商人が損益を秤って価を払うように、自分の要求を満たすためと思って不承不承にヨセフの申し出た条件を果たしたのである。我等もちょうど同じことで、我等のために備えられてある大いなる恵み、驚くべく洪大なるキリストの愛を悟らぬから、救いの条件を難しい無理なことのように思いつつ止むを得ぬこととして服従するのではなかろうか。

二 ヤコブの贈り物 (十一〜十四節)

 ヤコブは漸くにしてベニヤミンを伴い行くことを承諾し、以下の三つの礼物を携え行くことを勧めた。
 一、カナンの地の最上の産物
 二、袋に返してあった金およびその二倍の金
 三、最愛のベニヤミン
 悲しいかな、ヤコブはまだヨセフの心を知らぬから、その国の司の荒々しい性質を宥めるためと思って止むを得ずしてこの三つのものを送ったのである。後から彼は如何に驚くことであろう。自分の愚かな邪推と誤解とをば如何に恥じたことであろうか。しかしこれはいつでも罪人が神に帰らんとする自作の道である。すなわち三つの方法をもって神を宥めようとの考えがある。その第一の途は、自己の性質の結ぶ最善の果、すなわち善行をもって神の前に義とせられ、神をして和らがしめ奉ろうとする。されど我らが救われるは行いによるのでなく、恵みによるのである。第二は金をもって、或いは慈善事業のごときものをもってこの救いを買おうとする考えである。すなわち預言者ミカが『ヱホバ数千の牡羊、万流の油を悦びたまはんか』(ミカ六章七節)と問い奉ったごとくである。けれども無論これをもって霊魂の救いを買うことはできぬ。第三は自分の最も愛する最も貴重なものを献げて神に受け入れられようとすることである。ヤコブが最も愛するベニヤミンを遣わしてエジプトの司を宥めんとしたように、またミカが『我とがのためにわが長子を献げんか、我霊魂たましひの罪のために我身の産を献げんか』(同)と問い奉った通りである。されどもこれもまた神に受け入れられるみちではない。コリント前書十三章一〜三節にパウロはキリスト信者の五つの貴い特質を数えて、これらのものがあっても愛がなければ空しいということを説明している。その第一は天使のごとくに力をもって福音を伝えること、第二は聖書の奥義を知ること、第三は山を移すほどの信仰、第四はすべての所有を献げること、第五は神のために殉教することで、これらはみな信者にとって極めて貴いものであるが、それでもその中に愛がないならば数えるに足らぬと言っている。しかしてその愛はどうしてできるかと言えば、ただ神の愛を信じてこれを我身に当て嵌め、わがものとすることによるのみである。さても罪人のこの大いなる救いの奥義を学ぶことは如何に遅きかな。

三 喜びの接待 (十五〜十八節)

 ヨセフの兄弟等が礼物と金とベニヤミンを携えて首尾よくエジプトに着くや、直ちにヨセフの御殿に行きその前に立ったが、ヨセフはベニヤミンを見るや否や、その家宰いへづかさに向かい、急ぎ饗筵を備えて彼らを招くように命令した(十六節)。これは面白いことである。第一、ヨセフはその弟ベニヤミンを見ることによってどんなに愛に燃えて彼を歓迎したことであろうか。第二、彼はベニヤミンを見て兄弟の真面目なる従順を認め、もはや自己をあらわす時機が来たと思った。そこでその喜びを顕すために、今まで荒々しく取り扱った外国人をば今は賓客として接待したのである。
 これと同じように主イエスも我々の真の悔改の徴を見たもうならば、喜びを表し恩寵をもって取り扱いたもうのである。ちょうど黙示録三章二十節に『人もし我が声を聞きて戸を開かば、我その内に入りて彼とともに食し、彼もまた我とともに食せん』とある、その通りである。

四 平和の音信 (十九〜二十五節)

 ヨセフの兄弟等は親切なる取り扱いを了解せず、やはりその良心が落ち着かぬためにこれを誤解した。これは不思議なことであるが、我々もその通り、キリストに対する和らぎが意識的にできるまでは、如何なる恩寵にあずかっても良心がそれにつけ込んで、それをばかえって不安の原因とならしめる。いまこの人々はヨセフの家に招かれた時に、すぐに邪推深い考えを起して、これは必ず前の時に麦の代金を持ち帰ったためであろうと思った。しかし彼らが心を打ち明けて家宰にこれを告げた時に、彼は平和の音信を伝えて彼らの心を落ち着かせた。その通り、我らが恐れる時にも主イエスは絶えず平和の音信を携えて『恐るるなかれ、ただ信ぜよ』と我等の心を鎮め、寛いで御饗筵に与ることを得せしめたもうのである。マルコ四章三十九、四十節を見よ。弟子等は暴風雨の中に在って恐怖のために心惑いつつ主イエスを呼び醒ました。そのとき主は起きてまず風と浪とを斥けて静まらしめ、それから弟子たちに向かって汝等何故懼れるやと語りたもうた。もし暴風が静まらないならば、弟子等は主の御声を弁えることができなかったであろう。かく我らも主イエスのご教訓を受け入れる前にまず平和がなければならぬ。

五 恩恵の歓迎 (二十五〜二十九節)

 兄弟等はいま幾分心がくつろいだので喜んでヨセフの座敷に導かれ、この大いなる司人に近づいた。彼は前のごとく荒々しくせず、かえって懇ろに彼らの安否を問い、またその父の様子を問うた。格別にベニヤミンに目を注いだ時に、非常にやさしい言葉をもって語り、彼の上に神の祝福を祈った。かく語り合う時にヨセフの心は溶け、愛は燃え出した。苦い復讐の念は少しもなく、その驚くべき愛をもって彼らがかつて犯したはなはだしき罪を全く呑み込んでしまったのである。

六 愛の溢れ (三十、三十一節)

 ヨセフの心は愛に燃え、愛に溢れ、なお話し合っているならば彼らの前で涙を流さずにはおられぬほどになったけれども、まだ自らをヨセフであると現すべき時が来なかった。ちょうどヨハネ二章二十三〜二十五節に『多くの人々その為し給へるしるしを見て御名を信じたり。然れどイエス己を彼らに任せ給はざりき。それは凡ての人を知り、また人のうちにある事を知りたまへば、人に就きてあかしする者を要せざる故なり』とあるがごとくである。真実の悔改ができるまで、キリストは御自身の奥義、御自身の愛を我々に委ねたもうことができぬ。
 かくてヨセフはその情を制することができなくなったのでその座を退き、別室に入って足るほど泣き涙を流した。そしてこれはその弟をば恋い慕ったからであると録されている。これもまた何たる美しき絵ぞ! この型によって主イエスの心の態度が見える。二千年の間、恐ろしく御自身に叛逆し奉ったその兄弟たる民ユダヤ人をばいかほどに恋い慕いたもうか、どれほどに彼らを求め、彼らの悔改を願いいたもうか、どれほどに御自身を彼らに顕すことを願いいたもうかを明らかに見ることができる。

七 喜びの饗筵 (三十二〜三十四節)

 ヨセフは涙を拭い、今一度その席に帰って饗筵に臨んだ。ヨセフはヨセフ、エジプトの家来は家来、この新来の客は客と、みな別々に席が設けられていた。しかしてヨセフの台から食事の部分を頒けて送り、それぞれの席に着かしめたのにその長幼の順序に従って少しも間違いをしなかった。これを見て兄弟たちは驚いた。どうしてこれが判るかと不思議に思った。しかしてベニヤミンには五倍を与えた。彼らは漸く恐怖も誤解もなくなって、豊かに飲み、豊かに食った。この話は放蕩息子の帰った時によく似ている。
 かく親しみをする方法は食することである。主は御在世中に幾度か食事の場所で御自身の恵みを示し、人心の偏頗な態度を取り除きたもうたことである。食することによって人の心がくつろいでくる。共に食することによって親しくなる。主イエスと共に食することによって主イエスの友たることが顕れる。パリサイ人はキリストを罪人として訴えた時に、彼は罪人の友として罪人と共に食したと言った。さればヨセフも自分がヨセフであると現さぬ前に、この親しい方法をもって彼自身の愛を表したのである。



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