第十二回 同盟の始め



第 十 一 章


 創世記の一章から十一章までは聖書の総論とでも称すべきもので、神が一般人類を取り扱いたもうことを記し、十二章から使徒行伝第二章までは神の選びたまえる国民の歴史となっている。さればこの十一章は総論の終わりであるが、神は様々な風に一般人類を取り扱い試みたもうたけれども、ここに至って人類の結局的大失敗が明らかになっている。人類はエデンの園において失敗し、エデンの園から追い出されてまた失敗した。恐るべき罰によって警戒されてもなお失敗したから、神はついに全く別の方法を採り、一般人類を等閑に附して特に選民を作ってこれを取り扱いたもうに至るのである。
 もはや第四章にカインとアベルの話のところで言ったとおり、神の人間に対する取り扱いにつき二種類ある。すなわち、二つのみちすなわち狭き道と広き道、二つの礎すなわち砂と岩、二つのまちすなわちバビロンとエルサレム、二人の女すなわち娼婦と賢き女(箴言)、二種の人格すなわちパリサイ人と税吏、二人の信者すなわちアブラハムとロト、二つの契約すなわちイシマエルとイサク、二人の兄弟すなわちエサウとヤコブ、二人の息子すなわち放蕩息子とその兄、二種の宗教すなわちカインの宗教とアベルの宗教、二種の求道者すなわち若きつかさとザアカイ、二種の歓迎者すなわちパリサイ人シモンと罪ある婦、二種の臨終すなわち悔い改めた盗人と悔い改めざる盗人、聖書の何処を調べてもこの二種類のものがある。この創世記第十一章にもやはり二つのものの対照がある。すなわち人間の社会を造る途と神の社会を造りたもう途である。語を換えればバビロン建設とエルサレム建設である。バビロンは聖書の始めから黙示録の終わりまで常に見えていて、この世界の奢侈贅沢の中心であり、神の民に立ちむかうところのこの世の本部、罪と傲慢の心髄、悪魔の本領である。黙示録を見ればバビロンは悪魔の新婦のようなもので、キリストの新婦たる新しきエルサレムの贋物である。しかして十一章にこの怖るべきバビロンの起源が録してある。
 さて本章の二区分は、一、バビロンの建てられたこと、すなわち人間の社会を造る計画、二、新しきエルサレムの基礎の据えられること、すなわち神の社会を造りたもう御計画である。この二つの途の別れるところの鑰語は十一章四節にある『名』という言葉である。十節のセムの意味もやはり『名』であって対照をなしている。すなわちセムは神の選びたもうた名であるが、神を棄てて神に反逆している民はその名を軽蔑して自己のために名を揚げんとてバビロンと称する邑を建てることを計画したのである。

一 社会を造る人間の計画

 はなはだ不思議なことであるけれども、人間はかくまで懼るべき大洪水の経験を通り、その洪水から救われた者の子孫であるにも拘わらず、今一度かの亡ぼされたカインの子孫のごとくに神に背き、罪を作り、恐ろしい計画を立てるのである。今その計画を研究しよう。
 一、一致 (十一章一節)
 この計画を達成するために一致があった。一致なくしては何事も達成することができぬ。一致ははなはだ有力なもので、事の成功する所以である。神がペンテコステの日に御自身の教会を建てる計画をなしたもうた時に、第一に真の一致を新たに起したもうた。無論今の箇所ではこの一致が恐ろしい反逆のために用いられているが、とにかく社会を組織するために成功の第一の秘訣は一致である。
 二、建設者 (十章八〜十節)
 この社会すなわち同盟を建設した者は十章にあるとおりニムロデであった。ニムロデははなはだ大いなる人物で、その意味は『謀反人』であった。このニムロデはこの世の末に現れる反キリスト者の型である。彼は選ばれず、自ら選んで立ち、その心の儘に利己の振る舞いをなし、神に叛くところの同盟を作り、結束を堅くし強くするためにバビロンを建てるように計画した。
 三、場所 (十一章二節)
 バビロンの建てられた場所はシナルの地の平野であった。人々は大洪水から救われて後にだんだんと東の方に進み、遊牧民として移り移ってついにメソポタミアの実に立派な広い平原の沃土に達した時に、これを見て、その富を増し財を蓄えることのできる見込みのあることを知り、ここで遊牧生活すなわち旅人の生涯を棄てて、立派な邑を建てることを定めた。この土地もやはり神の選び与えたもうたところでなく、その目の見るところに随って自己の心を喜ばすべく自ら選んだ所であった。
 四、邑
 この同盟の中心として立派な邑を建てた。この邑は永久に住まう場所とするつもりであった。すなわち天国をこの地に建てる考えであった。その名をバベルと呼んだ。その意味は『神の門』である。けれどももはや言ったとおりこれが神の民の敵陣の本営、一切の偶像教の悪の源、見えざる都である新しきエルサレムの正反対のものとなったのである。
 五、邑を建てる材料 (十一章三節)
 この平坦な原野には石がなかった。そこで邑を建てる前にまず材料を見出さねばならなかったが、彼らは材料を他所から取り寄せることをせず、その場で造った。すなわちこの材料は全く人工的なものであった。これは人間の社会を造るところの方法の実に面白い絵画である。人間の作った同盟はいつもその通りである。生命と愛によって結びつけられて自然にできるものでなく、全く人工的に造ったものである。現今、国と国との間に結ばれる同盟もやはりその通りである。外部から見れば美しいもののように見えるかも知れないが、真の同盟ではないのである。
 六、塔 (十一章四節)
 彼らは高塔を造ろうとした。すなわちこの邑に非常に高い所を造る考えで、天に達するほどの塔を建てようとした。その目的は何であったか。或る人は神が今一度洪水を送りたもう時にこの塔の上に遁れるためであったろうと言っているけれども、これはありそうにもないことである。この第四節に『全地の表面おもてに散ることを免れん』とある。その意味は、メソポタミアは平坦な土地であるから、高い塔を建てれば遠方からでも見ることのできる立派な目標となり、人々をとりまとめたり、盛り返したりするような同盟の中心として、離散を防ぐようにするためであったのである。
 七、名を揚ぐること (十一章四節)
 四節の言葉は『我等をして名を作らしめよ』である。もはや言ったとおりにセムという名の意味は『名』である。これは神の選びたもうた名である。しかるにニムロデはハムの子孫であったが、この神の選びたもうた名に反対して別の名を作る考えであった。ここに注意すべきことは、当時セムの子孫がこのために同盟を作った人々から離れてしまったように見えることである。十章二十五節にエベルの子ペレグの代に地が分かれたとある。これは神の選びたもうた民、すなわちセムの子孫が、このニムロデの建てた同盟の者共より分離したことを言うに違いない。
 これはその時代の人々の神に対する反逆の話のだいたいであるが、これによってまた現在の社会の同盟の性質が分かる。人間は変わらぬものである。事情境遇は変わるかも知れぬが、人の心とその神に対する態度は変わらぬ。バベルの邑とバベルの塔の同じ精神は今でもこの世に続いている。今でも人間はこの世をば自分の天国となさんとしている。今でも国際連盟のようなものが戦争という洪水の今一度この世の人を亡ぼしてしまわぬために建てられている。今でも神の名を軽蔑して自己の名を永久に揚げたいという考えと願望がある。されど必ず人工的同盟は大失敗に帰するものである。

二 神の社会を立てたもう方法

 卒読すればこの第十一章の前の方と後の方との間に何の深い関係もないように見えるけれども、実はそうでない。初めに掲げたとおり、この第十節において大区分の第五段すなわちセムの伝が始まるのであるが、よく気を付けて読めば、十節以下の記事は一〜九節までの問題の裏の問題である。表はバビロンの建設、すなわち人間の社会を造る計画であったが、裏の方はちょうど反対で、神の選びたまえる社会の造られる驚くべき方法であるから、そのつもりでこれを研究しよう。やはり七つの記憶すべき点が出て来る。
 一、謀叛のためにできた同盟を全く破壊したもうこと (十一章六〜九節)
 ペンテコステの日に真の教会を建てたもう目的で異なれる言葉を全く一致せしめたもうた。その一致することによって教会が一つになった。ここはちょうどその反対に神は恐るべき反逆のためにできた一致を破ってしまわれた。注意すべき点は、九節にあるとおり神は今一度洪水または他の天罰をもって人々の謀叛を止めたまわずして、ただ人々を分離させるために混雑を起して彼らを散らしたもうたということである。
 二、神はその民を世の人より離れさせたもうこと (十章二十五節)
 不思議なことにはセムの子孫の五代まで、すなわちペレグまでの系図が、十章二十一〜二十五節と十一章十〜十六節と二度書いてある。それは何のためであるかと言えば、十章二十五節にあるとおりペレグの時に地は分かれたからである。すなわち必ずペレグの時代において、彼らはバベルを建てるニムロデの仲間から別れてしまったのである。神は御自身の民を作るために信者をば不信者の仲間から別れるように導きたもう。聖書には何処を見ても同じことが見えている。これは人間の仕方と全く反対である。人間はどんな区別があってもどんな異なることがあっても合同しようと思うが、この合同の仕方は全く無主義な仕方である。しかし神の仕方はそのような無主義な合同でなく、ただ同じ心、同じ信仰、同じ品性のある人をのみ合同せしめたもうことである。これが神より来る真の一致である。
 三、神は新しきエルサレムを造るために特別に国すなわち場所を選びたもうこと (十一章三十一節)
 神はその民をばバビロンの建てられた所と全く離れて遠い所に導きたもうた。すなわち世界中の中心なる所を選びたもうた。この国は現在はごく小さい国であるけれども、来るべき時代にユダヤ人が回復されるに当たっては世界中の最も大いなる国となるのである。これは東洋にあらず、西洋にあらず、東西洋の繋ぎとなる今のスエズ運河すなわち世界交通の鎖鑰の近くにあるカナンの地であった。この地は暫く詛われたるカナン人に占領されていたけれども、後にアブラハムの子孫に与えたもうたのである。
 四、神の社会の建設者はアブラハムであったということ (十一章三十一節)
 神はその社会を造るためにその建設者としてアブラハムを選びたもうた。もはや見たとおりバビロンを建てるためには、ニムロデという人物がその分を越えて自ら立ち、その心のままに自己を建設者としたのであるが、エルサレムの建設者アブラハムは神に選ばれ、自己の国すなわちバビロンの国から全く離れ、不思議な風に様々なる困難に訓練されて永久の国を建てたのである。
 五、神の建てたもう邑は見えざる邑であるということ (ヘブル十一章九、十節)
 むかし神の建てたもうた邑は無論カナンの地の目に見ゆるエルサレムであった。しかして遠からずユダヤ人が帰国し回復されて今一度そのエルサレムを立派な都とするに相違ないけれども、ヘブル十一章九、十節を見れば新しいエルサレム、すなわち見るべからざる天のエルサレムがある。これは明らかに黙示録二十一章に録されるところのもので、アブラハムの望みであったのである。バビロンという邑は太古においてたいそう立派な邑であったに相違ないが、そのバビロンの奢侈贅沢と物質的栄華は現在の組織的社会の模型であって、目に見ゆる、手に取られる、耳に聞かれる現実な物質的なものであった。神の造り営みたもう邑はただ眼に見えざる栄えある邑であるばかりでなく、来世における来らんとする新しきエルサレムであったのである。バビロンの栄華の性質の象徴は邑と塔であったが、アブラハムの生涯を見ればその象徴はただ祭壇と天幕であった。この二つの徴を見れば、神の社会とこの世の社会、信者の生涯と不信者の生涯との区別が表れている。
 六、神の邑の材料は活ける石であるということ (十一章十〜二十六節)
 既に学んだとおり、バビロンの邑を造ったその材料は自然にできたものでなく、人工的なものであった。ところが神の造りたもう見えざる組織的社会、すなわち天国的の邑は、活ける石でできるものである(ペテロ前書二章五節)。すなわち我々信者がその石である。これが神の栄えである。聖書の録すところもちょうどこれに合っている。すなわちバベルを建てる人々、ニムロデの子孫はその名も録していない。ただ十章十〜十二節に邑の名バベルとこれに関係ある邑の名のみ録されているが、神の邑を建てる者についてはそうでない。すなわちセムの子孫であるアブラハムの先祖たちは皆一人ひとりその名も年齢も詳記してある。神の目から見れば立派な邑、立派な文明、立派な物質的の富は何でもない。バベル、アッカデ、エレク、カルネ、ニネベなどは皆もはや無くなってしまったが、活ける石である聖徒、神に忠実に従う者は常に神の目の前に保たれている。
 七、神の立てたもうた塔
 既に学んだとおりバベルの邑に立派な塔が建てられんとした。これは非常に高いもので、人を合同させる目標で、これによって人々を結びつけ散らないようにし、人間の名を揚げるためのものであった。これは贋物の一つの徴であるから、必ず神の邑にもそのような塔があるはずである。箴言十八章十、十一節には二つのやぐらがある。十一節はバベルの塔で富と傲慢であり、十節は神の邑の塔すなわち主の名である。申命記二十六章十九節を見れば神の民はその名において諸国の民にまさるべき約束がある。ニムロデは自分の名を作るためにバビロンを建てたが、神の民は自己の名を揚げず、かえって神の御名を作るためなのである。アブラハムは天幕と祭壇ばかりを建ててこの世において賓旅の生涯を送ったけれども、神は彼の子孫のために永久的の邑を建て、彼らの目標となり櫓となる塔、すなわち主イエス・キリストを立てたもうた。しかしてその邑は今もなお建造中であるが、キリストの御再臨の時にはその新しいエルサレムは天より下り、光り輝き栄光ある驚くべき永久的住居となるのである。ニムロデはもはや亡ぼされたが、その子孫すなわち神に謀叛する不信者はなお先祖に随って、目に見ゆる果敢なき種々の物質や華美な栄えある組織を作りつつある。しかしその文明も富も栄えも必然来るべき亡びの時に滅亡さるべきものである。



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