第三十一回 ヤコブの帰国



第 三 十 一 章


 これよりヤコブは帰国の途に上るのであるが、ここに彼の人格と性質がだんだんと表れてくる。これまで我等は彼の狡猾なる詐りのある性質の欠点を見たことであるが、この三十一章には彼の善い点が見えている。

一 ヤコブ神に導かる (一〜三節)

 ヤコブの帰国を思い立ったにつきて三つの理由があった。(一)ラバンの子等が嫉みを起して彼を怨んだこと(一節)、(二)ラバン自身は割合に親切に取り扱って来たけれども、だんだんとヤコブの所有の増し加わり行くを見て快く感ぜぬようになったこと(二節)、(三)ちょうどそのとき神の御命令があった(三節)。彼は以前にも故郷に帰りたかったけれども、このたびは神の御命令があったので断然と決心したのである。彼は二十年間ラバンに仕えて神の示したもうまで待ったのである。
 神の御嚮導を知るべきために四つのことがある。(一)事情、(二)神の御言、(三)心の衝動、(四)霊的なる人の勧告である。或る人は自己の心の衝動に重きを置くが、衝動にのみ従うことは危険である。何となれば、悪魔も聖霊に真似て人の心を動かすことがあるから注意せねばならぬ。神の御言に照らし、神の摂理による事情を考え、経験ある霊的の人の判断を乞うことは大切である。

二 ヤコブ神の保護を自覚してこれを発表す (四〜十三節)

 彼は欠点の多い者であったが善き点もあった。それは彼がつねに神を憶えたことである。彼は恒に神の臨在と保護を知って、これを発表した。彼は神の恵みを信ずる理由として四つのことを挙げた。すなわち(一)神の臨在(五節)、(二)神の保護(七節)、(三)神の祝福(九節)、(四)神の眷顧(十二節)である。マタイ五章四十五、四十六節にあるとおり、信者にも未信者にも区別なく物質的の恵みを与えたもう。けれども信者はこの賜物が神よりであると認めるが、未信者はこれを認めない。未信者は賜物を見るが、信者は賜物の与え主に目を注ぐ。私の考えでは、恩を忘れるほどの罪はない。しかるにルカ六章三十五節を見ると『至高者いとたかきものは恩を知らぬもの、悪しき者にも仁慈なさけあるなり』とある。恩を忘れる者に続いて親切を施すことは難しいことであるが、神はこれをなしたもう。ヤコブは神がつねに恵みを施したもうと感じていたから、彼の心が常に柔らかであったのである。

三 ヤコブその妻に信用される (十四〜十六節)

 ヤコブはいよいよ出立せんとするに当たって妻等に相談したが、二人の妻がともに父よりも夫を信用して、五百哩もある遠いところへ伴い行かれることを承知した。これによってヤコブの性質が判る。当然なれば妻等は拒んだであろうけれども、篤く夫を信じ、また夫が神の命に随って出立することを信じて従った。

四 ヤコブ神に護られる (十七〜二十四節)

 ヤコブはついにラバンの許を去ったが、正直にただ自分のものを携え出たのみで、ラバンのものは何をも取らなかった。ラバンは怒って彼の後を追ったが、神は彼を護りたもうた。すなわちラバンは今一度彼を連れ帰り使役せんと願ったけれども、神はこれに干渉してとどめたもうた(二十四節)。

五 ヤコブ、ラバンに訴えられること (二十五〜三十五節)

 ラバンは二つのことをもってヤコブを責めた。一つは何故に逃げ出したかということ、一つはテラピムを盗んだことである。第一のことは無論偽善である。彼はヤコブをなお長く使役せんとしたのみで、歓喜と歌をもって送別するような考えのなかったことは明らかである。第二のテラピムを盗んだのはラケルの罪で、ヤコブは全く知らなかったのである。既に言った通り彼はラバンのものを何一つ取らなかったのである。

六 ヤコブ自ら弁解す (三十六〜四十二節)

 これからヤコブはラバンを責めて自ら弁疏する。四〜十三節において彼の神に対する生涯を見たが、今ここで彼の人に対する生涯を見る。この弁解に対してラバンは何をも否定するところがなかった。彼のこの弁解は真実である。すなわち彼の二十年間の奉仕は
 一、行き届いた有効な奉仕であった (三十八節上)
 二、正直な奉仕であった (三十八節下、三十九節)
 三、忠実な犠牲的な奉仕であった (四十節)
 四、終始不変の着実な奉仕であった (四十一節)
 五、報われざる奉仕であった (四十二節)
 六、しかしてかかる奉仕の秘訣は『神偕に在す』ことであった(四十二節上)
 七、奉仕の報いとして神はラバンに干渉して彼を害せぬように保護した (四十二節下)
 『わが父の神、アブラハムとイサクのかしこむ者』と言っているが、『イサクの畏む者』は『イサクを恐れるおそれ』である。ラバンは神を畏れなかったけれども、神の御干渉があったばかりでなく、イサクを畏れる恐怖があったからヤコブを害することを恐れたとの意味であろう。これも神の恵みであった。

 これによってやコブの人となりがわかる。彼は忍耐深く、神に対しても忠実であった。

七 ヤコブ、ラバンを赦して契約を立てる (四十三〜五十五節)

 ヤコブは今は憚るところなくその心を打ち明けて、ラバンが自分を害せぬのは父イサクを恐れるからであると指示した。ラバンはこれを聞き、今更に恐怖を起し、彼の弁解を否定せず、汝の妻子はわが娘わが孫である、何の害をも加えるべきでないと言い、さらに契約を結ばんと言い出した。ヤコブは寛大にこれを容れて契約を結んだ。ヤコブはラバンが平素から神を畏れないのを知っているから彼を信用せず、わざとイサクを怖れる恐れを指して誓った。これは実際ラバンに対して効果ある方法であった。ここにもヤコブの実際的な性質が見えている。
 かくヤコブの正確に勝れたる点を見て我らも大いに教えられねばならぬ。彼には種々の短所があったけれども、神の恩寵により彼の性質にも生涯にも実質的に長所が備わっていた。



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