アブラムは勝利を続けてきた。彼はその国を出て親族に別れ、その父の家を離れるという点においても、財産の問題においても、復讐すること、貪ることの誘惑にも、すべて勝利を得たけれども、この章には彼の失敗が録されている。これまで彼は物質的のことに勝利を得たが、霊的のことに失敗した。ヘブル六章十二節に『信仰と忍耐とをもて約束を嗣ぐ人々云々』とあるが、この忍耐という点において彼は失敗した。これにつき七つの注意すべきことがある。
神が嗣子と子孫を与えるように約束したもうたのに、彼はその約束を成就するために自己の工夫と努力を用いた。これがその失敗の性質である。神の御約束が成就せぬかのように見ゆる時に、自己の力をもってこれを成さんとする、これは信仰の失敗である。これは我等のためにも大いなる教訓である。神の約束は必ず忍耐をもって俟ち望まねばならぬ。
今日最もはなはだしくキリスト教に敵するものは回々教徒であるが彼らはアブラムのこの失敗のために生まれたイシマエルの子孫である。人間の工夫の結果は神に由る真の子孫の敵である。
アブラムがハガルを妻としたことにつき彼に二つの申し訳がある。
一、神は彼に嗣子と子孫を与えるように約束したもうたけれども、その嗣子が奇蹟的に生まれるということは示されなかった。さればサラの勧めるままに常識を用いてハガルを納れたのである。もし神が奇蹟的に子を与えることを示していたもうならば、かくすることは明らかに神に叛く罪悪であったろう。
二、当時西部アジアに一般に行われていたハムラビイルの法典というものがあったが、その法典二百九十二箇条のうちに、もし妻に子がなければ侍女を夫に与うべきことが定められてある。アブラムはこれを適用したのである。しかしてこの法典にはまた、もしその侍女が正妻を軽蔑すれば、その侍女と子女とは正妻の奴隷たるべきものと定められている。されば後にアブラムがハガルとその子の処置を神に伺った時に神が彼らの間をば審きたもうた仕方はまたこれに依ってであった。
かく彼らのなしたことは当時の常識によったのであり、また決してアブラムの情欲を満たすためではなかったが、信仰と忍耐を働かすべきところにしかせずして自己の道を取ったのは失敗である。
この失敗の原因に二つある。一つは遠い原因で、一つは近い直接の原因である。
一、ハガルはエジプト人である。彼らが神に導かれずしてエジプトに下った時に、彼女はサラの侍女となったのである。彼がもし不信仰と不従順とをもってエジプトに下らなかったならば、ハガルが彼等の家庭に入り来ることもなかったであろう。『人の播く所は、その刈る所とならん』(ガラテア六章七節)とあるとおりである。
二、神を俟ち望み神に聞くことをせず、サラの言葉を聞き入れたことがこの失敗の直接の原因である。彼は、サラの言葉は常識をもって判断して無法のことでないと思って、神の御旨を求めることをなさなかったために、この失敗に陥ったのである。これは我々にとっても大いなる警戒である。
この失敗の起こったのは、正妻に子供が生まれぬという場合であった。聖書を見れば、神の選びたもうた人々は不思議にも奇蹟的に
ロマ書四章十九節には『己が身の死にたるがごとき
この失敗の手段として用いられたハガルを真の嗣子を生む手段となるべきサライと対照すれば、サライがアブラムの正当の妻でユダヤ人で
一、漂 泊 者 = 迷いの霊
二、エジプト人 = この世の霊
三、奴 隷 = 奴隷たる霊
である。
一、迷いの霊はすなわち安息なき霊である。ヘブル三章十節に『彼らは常に心迷ひ、わが
二、この世の霊は肉に属ける種々の手段を用いるところの霊である。
三、奴隷の霊はつねに懼れを懐き義務的律法的方法によるところの霊である。
今でもかかるハガル的霊によって多くのイシマエル的信者が生まれ出で、教会を煩わす。心すべきことである。
彼の失敗の結果として家庭内に困難が生じた。すなわち第一はハガルがその女主サライを
信仰の失敗の結果は多くかかるものであるから戒めねばならぬ。
罪の果としてイシマエルが生まれたが、『彼は野驢馬の如き人』(十二節)であった。野驢馬は愚かな制しがたきものである。預言者ホセアは当時のイスラエルをたとえて、彼らは『
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ここにまた預言的な意味も含まれている。ガラテア四章二十五節を見よ。イシマエルは肉に属するユダヤ人の型であり、イサクは霊的イスラエル、すなわち教会の型である。創世記十六章七節以下を見れば、現在及び将来のユダヤ人の有様がハガルとイシマエルのことによって絵のごとくに示されている。すなわち追い出され、野に棄てられ、されど保護されて亡びずして存在し、霊的教会に仕える者となること、及びその民はほかのいずれの民とも一致せずして存在し、ついに大いなる国民となるのである。
またイシマエルの意味は『
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