第 三 十 二 回 十五章十五節より三十三節まで 



 前回においてはキリストの役事について学んだが、今回はパウロが自分の奉仕について語っているところを学びたい。キリストは御在世中の三十三年間、専らユダヤ人を救うことのために力を尽くしたが、なお異邦人の救いに関する御役事もあった。いま十五節以下を見るに、パウロの役事は専ら異邦人の救いに関するものであったが、なおユダヤ人のためにも働いていることを見る。パウロの奉仕について以下に数点を見る。
 第一、彼の役事は神から授けられたものである。

 『しかれども兄弟よ、我なほ爾曹なんぢらに憶ひいださせんがため、憚らずしてほゞなんぢらに書きおくれり。これ神の我に賜ふ所のめぐみに因るなり。すなはち異邦人のためにイエス・キリストのしもべとなりて神の福音の祭をなし、献ぐる所の異邦人を聖霊に由りてきよまらしめ、神の意旨みこゝろに適はせんためなり。』── 十五、十六節

 キリストは八節にあったごとく、『割礼のつかひ』すなわちユダヤ人のための役事を務めたもうたが、パウロは『異邦人のためにイエス・キリストの僕』となった。徹頭徹尾ユダヤ的で、最も厳格なるパリサイ派のパウロが、異邦人のために奉仕するようになったのは、これ神が賦けたもうた職だからである。十五節に『これ神の我に賜ふ所の恩に因るなり』とある。その『これ』とは十六節に『すなはち異邦人のために』云々とあるそのことを示す。すなわち彼が異邦人に福音を宣伝するのは神より賜った職であったのである。
 第二、彼の役事は神より印せられた。

 『このゆえに我神の事についてはイエス・キリストに由りて誇る所あり。いかにとなれば、キリスト我を助けて異邦人を順従したがはしめんために、休徴しるし奇跡ことなるわざちからと神のみたまの能を顕し、ことばと行ひとを以てエルサレムよりあまねくイルリコに至るまで、その福音を伝へさせ給ひしことの他は、一つの言をも我敢へてはざるなり。』── 十七〜十九節

 パウロは啻にその役事を神より受けたのみならず、またその役事の上に神よりの証印を受けていた。すなわち主は彼に不思議なることを行う能力と霊の力の言葉を与えて、彼の伝道を助けたもうたのである。イルリコはギリシャの北方に当たるところで(地図参照)、エルサレムよりイルリコまでは大いなる範囲であるが、パウロはその大いなる区域に亘って伝道した。パウロの伝道法を案ずるに、まず大都会に伝道したので、その所にて悔い改めし信者が他の所に行って教会建設の土台となった。例えばコロサイ教会は、パウロの直接の伝道によって建てられた教会ではない。エパフラスなる、パウロによって救われし一信者によって建てられたものである(コロサイ一・七参照)。
 第三、彼の役事は聖書に適するものであった。

 『かつわれ慎みて他人の置きし土基どだいに建てじと、イエスの名の未だ称へられざる所に福音を宣べ伝へたり。未だ彼に就て伝へを得ざる者は見るべく、未だ聞くことを得ざる者は悟るべしとしるされたるが如し。』── 二十、二十一節

 二十一節に引用した引照は、イザヤ書五十二章十五節後半の言葉である。パウロが異邦人に伝道したことは、彼が我が儘に自分勝手な行動をしたのではなく、旧約に既に記されてあることで、彼の役事は聖書に適するものであった。
 第四、彼の役事は寛大の心よりの職であった。

 『このゆえにしばしさまたげられて我なんぢらにいたることを得ざりき。今この地に伝ふべき処なし。我年来としごろなんぢらに往かんことを願へる故に、イスパニアに赴かんついでに爾曹にいたるべし。そは経過すぐるときに爾曹に遇い、ほゞこゝろ満足みつることを得て、またなんぢらに送られんことを望めばなり。されど今われ聖徒を助けんためにエルサレムに往かんとす。』── 二十二〜二十五節

 二十二節の『なんぢら』とはローマにいる信者、二十三節の『イスパニア』は今のスペインにして全く未信者の地方、また二十五節の『聖徒』とはここではユダヤ人の信者を指したので、パウロはユダヤ地方の飢饉に際してそこの信者たちを助けんがために、各所の信者の義捐金を携えて往かんと計画していたのである。すなわちここに、異邦人の中より救われし信者、異邦人の未信者、及びユダヤ人の三種が彼の心の中にあったことを見る。彼の職は、たとえば互いに相反目している二人の人の手を取って結び合わせるような働きである。異なれる習慣と風俗を有する人種を一つに結び付けんとしている。彼が己を忘れ、団体を忘れ、霊的巨人として世界のために奉仕している有様を見よ。そのために犠牲となり、寛大なる心をもって働いた。彼の心や、実に偉大なるかなである。我らはややもすれば自分の団体、自分の教派、自分の国、その他いろいろのものに限られやすい。けれどもパウロにおいてはそうではなかった。
 第五、彼の役事はまた実地的の働きであった。

 『マケドニアとアカヤの人々、エルサレムの貧しき聖徒のために供給たすけをすることを喜悦よろこびとせり。彼等悦びてこれをなすは、その負ふところ有るが故なり。そは異邦人もし霊にくものをけたらんには、身に属くものを以てまた彼らにつかふべきなり。このゆえに我この事をはりこのわたしゝ後、なんぢらに由りてイスパニアに往かん。』── 二十六〜二十八節

 『マケドニアとアカヤ』はギリシャ全体で、一つはその北部、一つはその南部の名である。これらのところの人々はみな異邦人のみで、ユダヤ人はいない。けれどもそこの信者たちが感恩の情に溢れてユダヤ人を助けた。例えば日本は英国や米国より教えが伝わって来たのであるが、その英国や米国に金銭を送るようなものである。パウロはそのために労した。彼が異邦人とユダヤ人とを結び付けんとするにあたり、この行動は大いに助けとなった。すなわち彼の働きは実地的のものであった。金銭によって結び付けられるというのではないが、この愛の発現がそれを成就するに与って力あるものとなったのである。
 第六、彼の役事は確信を伴えるものであった。

 『われ爾曹に往く時は、キリストの福音の満ちたる恩を以て爾曹に至らんことを知れり。』── 二十九節

 二十六節より二十八節まではエルサレムに行く使命、二十九節はローマに行く使命である。この言葉は『キリストの福音の恵みに満たされて汝らに至らんことを確かに知る』の意である。かかる有様で行くかも知れずとか、行きたいとか、または行こうというのでなく、恵みに満たされて行くことを確かに知っているとの凱旋的確信を有していた。彼は実に霊的巨人である。
 第七、彼の役事はまた謙遜の伴えるものであった。

 『兄弟よ、我儕われらの主イエス・キリストにより聖霊の愛にりて爾曹に勧む。願はくは我と共に力をつくして我がために神に祈ることをせよ。そは、わがユダヤにある不信者よりたすかり、かつエルサレムに赴く供事つとめを聖徒の心にかなはせ、また神の旨にしたがひ、よろこびて爾曹に詣り、とも安慰なぐさめを得んがためなり。平安の神なんぢら衆人すべてのひとと共にいまさんことを願ふ。アメン。』── 三十〜三十三節

 パウロは二十九節のごとき確信を有してはいたが、ここに信者の禱告を求めている。これは、我ら信者の間によく言われる形式的の軽い言辞ではない。身体のすべての肢が互いに関係あるごとく、彼はすべての信者と深き関係のあることを思って、謙ってこれを求めたのである。ここに彼が祈禱を要求している実際問題は、第一に『ユダヤにある不信者より拯からん』ことであった(三十一節前半)。もちろん彼は神の能力に満たされ、また神に護られていることを確信してはいるが、これがために謙って禱告を求めた。第二は『エルサレムに赴く供事が聖徒の心に適はん』がためであった(三十一節後半)。ユダヤ人は本来高慢にて偏狭なる人種であるゆえ、異邦人よりの金銭を受けないかも知れぬという懸念があった。ゆえにそのために禱告を求めた。これ彼はユダヤ人と異邦人との一致を熱心に求めていたからである。第三にはローマに行って未見の信者に会い、互いに慰められることを得んがために祈禱を求めた(三十二節)。パウロのごとき大使徒にして名もなき平信徒によって慰められんことを求めている。ここにも彼の謙遜を認めることができるではないか。
 三十節は英訳にては『イエス・キリストのために、また聖霊の愛のために』云々である。これは祈禱の動機である。彼は自分のために祈禱を求めているが、しかしそれは第一にイエス・キリストのためであったのである。我らは自分が導いた人のため、或いはまた親戚家族のために祈る。これはもとよりしかるべきことであるが、自分と何の関係ない人であっても、キリストのためであるからその人のために祈らなければならぬ場合がたびたびある。キリストは神と我との仲保者であるのみならずまた我と他の人との間の仲保者である。性情が合い、意気投合する人ならば、仲保者がなくとも愛することができようが、性情も違い、意気投合せぬ人に対しても、愛を注ぐことができるのは、このキリストを通して人を見るからである。
 パウロが祈禱を求めたのは、第二に聖霊の愛のためであった。パウロの意味はこうである。あなたがたは私を愛してくれぬかも知れぬ。されど聖霊は私を愛していたもう。もとより愛せられるべき価値のない者ではあるが、愛していて下さる。されば、本来あなたがたより愛せらるべき者ではないが、聖霊の愛のために、どうか私のために祈ってください、と言うのである。



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