利 未 記 講 義

ビー・エフ・バックストン講述
堀  内  文  一  筆記



緒   論



 利未レビ記はきよめきよきとのふみです。すなは罪人つみびと如何どうしてきよめられて神に近づくことが出來ますか、また如何どういふものがきよくして如何どういふものがけがれたるものでありますかを、この利未記によりて學ぶことが出來ます。舊約聖書の順序を見ますれば一層あきらかにれがわかります。その順序に從ひますれば、

 創世記には、神は生命いのちの源、又すべて事物ものしゅなる事を見ます。此處こゝには格別に父なる神のはたらきを見ます。

 出埃及しゅつエジプト記には、神のすくひの話を讀みます。れは格別に子なる神のはたらきを指します。私共わたくしどもは父なる神のはたらきと子なる神のはたらきとがわかりまするならば、また聖靈なる神のはたらきをも尋ねます。すなはち神に造られたるものが、主イエスによりて救はれましたならば、必ず心中こころのうちきよきを慕います。神はこの利未レビ記においその道を敎へたまいます。

 人は何のめに救はれますか、神を拜むめです。れですから出埃及しゅつエジプト記ののちたゞち利未レビ記のありまするのは順序です。眞實ほんたうに神を拜みとう御座りまするならば、づ神に近づかねばなりません。又神の榮光を見ますれば、身もたまも神に献ぐる精神こゝろおこはずです。又神の慈愛を見ますれば、感謝の念がおこるに相違ありません。このふみに於て靈とまこともって神を拜むみちを見ます。昔者むかしは種々いろいろなる犧牲いけにへ節會いはひによりて神を拜みましたやうに、私共は現今いま主イエスのあがなひによりて、主御自身によりて、神とまじはる事が出來ます。

 このふみに於てあがなはれたる者の禮拜を見ます。利未レビ記は罪人つみびと如何どうして神の子となる事が出來るかという事を敎へません。格別に救はれたる者が、如何どうして尚々なほなほ神に近づきて、神よりめぐみを受け神をよろこばす事が出來るかを敎へます。それですからこのふみは格別に信者のめであります。又神に近づくものは、如何程いかほどきよき者であるべきはずですか、又如何どうしてきよめられる事が出來ますかを敎へます。それですから此處こゝで格別に主のあがなひと十字架の力を學びます。利未レビ記を深くあじはひませんならば、まことに主の十字架の奥義を悟る事は出來ません。

 新約聖書のうちに、主イエスの一代記が四つあります。如斯このやう利未レビ記に於て四つの大切なる犧牲いけにへがあります。主イエスの死について四つの話を見ます。四福音書に於て四つの方面から、主イエスの生涯を見まするやうに、利未レビ記に於て四つの方面から主イエスの死を見る事が出來ます。淺いかんがへをもって主の死を考へまするならば、たゞ罪のゆるしめのみであると思ひます。格別に信者の生涯に關係のある事を見ません。けれどもこの利未レビ記を硏究しらべますれば、主の死は信者のきよき生涯に密接なる關係があります。信者の献身について、神をよろこばする事に就て、親しき關係がある事を見ます。

 利未レビ記の特質を見ますると、このふみは大槪たゞ神のことばのみであります。神が直接に語り給うたる事のみを記しましたのはこのふみけです。各章の始めを見ますれば、大槪何處どこでもヱホバいひ給ふということばがあります。れですから嚴肅なる心をもっこれあぢははねばなりません。神は如何どうしてこの默示をあたへ給ひましたか。一度神はシナイざんからその律法おきてを與へ給ひました。その時には種々いろいろなる力と榮光さかえ表號しるしあらはし給ひました。そのめに人間は神に近づく事が出來ません、かへって恐怖おそれを懷きて神にとほざかりました。此處こゝにはそのやうその律法おきてを與へ給ひません。此處こゝにて神は御自身のめにイスラエルびとの建てたる天幕よりモーセを呼びて、そのイスラエルびとなかみ給ふヱホバとしてイスラエルびとこの律法おきてを授け給ひます。れは出埃及しゅつエジプト記廿五・廿二の約束の通りでした。民數記七・八十九にモーセが始めてその神との交際まじはりを經驗したる話が見えます。それですからモーセは神のことばを聞くめに、イスラエルびとを離れてシナイざんに登るに及びません。これからは陣営の中で神とまじはる事が出來ました。これによって神のめぐみなほ一層あきらかにあらはれてります。それですから神は此處こゝでは律法おきてを下す王のやうな者でありません。父のやうそのたみの中にり、その民とまじはり、その民を導き給ひます。これによりてこのふみの特質がわかります。これは律法的書物おきてのふみではありません。格別に新約的書物しんやくのふみです。如何どうして罪人つみびとゆるしを得ますか。如何どうしてゆるしを得たる罪人つみびとが、神に近づきて神をよろこばす事が出來ますか。此處こゝそのみちを見ます。

 出埃及しゅつエジプト記のをはりの章に於て、幕屋が建てられましてから、神はたゞちその内にりて住み給ひました事を見ます。この利未レビ記において、神はその幕屋にり給ひますとたゞちに聲をいだして、如何どうして人間ひとが神に近づく事が出來ますか、如何どうして人の神を拜む事が出來ますかを敎へ給ひました。神は格別に血によりて、又水によりて、人を御自身に近寄らせ給ひました。

 使徒行傳二章に於て、丁度ちゃうど同じ事を見ます。神はその建てられた天幕にり給ひましたやうに、この使徒行傳二章にて神は小さき敎會を御自分の住居すみかとならしめ給ひました。又神が天幕に住む事を始め給ひますると、直ちに聲を出して血と火と水とによりて、人間が神を拜む事の出來ることを敎へ給ひました。その通りに聖靈がくだりますと直ちにペテロの口をもって、血の力又ほのほの力又水のきよめを敎へ給ひました。すなはちキリストの十字架と、復生よみがへり、又昇天によりて、人は神に近づく事が出來るとべ傳へ給ひました。

 この利未レビ記の初めに、モーセが神から默示を得ましたやうに、のちにヨハネが神の默示を得ました。默示錄一章を御覽なさい。ヨハネは靈によりて、天の幕屋にりました。れども默示錄四章一節を見ますると、その幕屋の至聖所いときよきところに招かれました。彼處あすこで主イエスの榮光さかえの默示、主イエスの勝利の默示を見ました。丁度ちゃうど同じやうに、モーセは此處こゝ此世このよの幕屋の至聖所いときよきところに呼び入れられまして、イエス・キリストの默示を與へられました。

 この利未レビ記には、自分で悟る事の出來ない事が記してあります。すなはち神が罪を癒し給ふ事です。神の默示がありませんならば、私共わたくしどもは決して罪の癒しを悟る事は出來ません。天理によりて考えますれば、罪は自然に罰を受くべきものであると悟るけです。罪の赦される事、あるひは罪をきよめられる事は、決して悟る事は出來ません。此書このふみには格別にその默示があります。又その罪のゆるしきよめのめに、主の死は一番大切です。それですから此處こゝで格別に主の死のたとへを見ます。又そのあがなひの力を說明する話を見ます。

 前にも申しましたやうに、主イエスの死の話が四つあります。すなは燔祭はんさい酬恩祭しうおんさい罪祭ざいさい愆祭けんさいとです。この四つの献物さゝげものを二つに區別する事が出來ます。

 第一は馨香かうばしきにほひ献物さゝげものです。燔祭はんさい酬恩祭しうおんさいとはすなはれです。
 第二は罪のめに献ぐる献物さゝげものです。罪祭ざいさい愆祭けんさいとはすなはれです。

 馨香かうばしきにほひ献物さゝげものは全く神をよろこばすためであります。少しも罪のことが論ぜられてありません。これを献げまするのはたゞ神とまじはり、神を悅ばすめであります。最早神とやはらぐことを得ましたから、罪の事を忘れまして、たゞ神の心を悅ばせとう御座ります。たとへもっこれを申しますれば、きよきは神の前に馨香かうばしきにほひです。罪は神の前に惡臭あしきにほひです。ヨエル二・廿、しへん三十八・五でんだう十・一にこのたとへもって記してあります。私共の生涯は神の前に不斷たへず馨香かうばしきにほひでありますか、あるひ惡臭あしきにほひでありますか、いずれか二つのうちです。おのれがなほきてりますならば、必ず惡臭あしきにほひがあります(エレミヤ四十八・十一)。けれども最早おのれを献げて、キリストと共にしにましたならば、不斷たへず神の前にキリストの馨香かうばしきにほひとして昇ります(哥後コリントご二・十四、十五)。

 主イエスが神にこの献物さゝげものし給ひました時は、利未レビ記に記してある順序に從ひ給ひました。例へば第一に碎けたる心をもって、神の聖旨みこゝろを成就する決心をして、燔祭はんさいとなり給ひました。れからきよき生涯を送りて、神の前に素祭そさいを献げ給ひました。又神とまじはる事によりて酬恩祭しうおんさいを献げ給ひました。をはりに十字架によりて罪祭ざいさい愆祭けんさいを献げ給ひました。けれども罪人つみびとたる私共が、神に近づきとう御座りまするならば、丁度ちゃうどそれと反對の順序に從はねばなりません。私共は第一まづ犯したる罪のめに、自然に心をくるしめて罪のゆるしを求めます。主の愆祭けんさいによりて罪のゆるしる事が出來ます。主の愆祭けんさい功績いさをしめに、神とやはらぐ事が出來ます。れからなほ私共に生來うまれつきけがれたる心のはたらきが見えますから、血のきよめを求めます。主の罪祭ざいさい功績いさをしめにきよめられます(民十五・一〜十一)。けれどもけではだ充分滿足する事は出來ません。私共は神とまじはりませんならば、決して滿足する事は出來ません。きよめられましてから、なほ深く十字架の力がわかります。すなはち主イエスの酬恩祭しうおんさいめに、きよき神とやはらぐ事の出來ました事を知りて神とまじはります。又その深き恩寵めぐみに引かれて、主イエスの死の力によりて、おのれに死し身もたまも献げて、主と共に神の前に燔祭はんさいを献げる事が出來ます。

 素祭そさいは常に燔祭はんさいと共に献げました。身もたま燔祭はんさいとして神に献げますならば、又きよき生涯の素祭そさいは必ず献げるに相違御座りません。

 私共のれいの經驗より申しますれば、丁度ちゃうど反對になります。けれども今は利未レビ記の順序に從うて燔祭はんさいから講義を始めます。



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