第三十七 マケドニヤよりヱルサレム迄
其 旅 行
三節にある三ヶ月の間に哥林多後書と加拉太書及び羅馬書の三の書を書送りました。
パウロは今やロマに行く旅を始め、處々の信者に暇乞を致しました。ロマに行けば最早遇ふ事が出來ぬと思ったからです。ロマに行く事は眞に危い事で、もう一度此邊を廻って傳道する事が出來ないと思ったのです。
此處にパウロは其生涯中最も大なる奇蹟を行ひました。九節の終を見れば、此若者は既に死んで居たのですが、祈禱によりて甦りました。
傳道者としてのパウロ
パウロは其旅行を段々續けて參りましたが、十七節を見ますとミレトスより使者をエペソに遣はして、敎會の長老を呼び寄せて暇乞を致しました。
十八節よりの話の中に、傳道者の精神、又は傳道者の職に就て詳しく知る事を得ます。私共は度々此處を讀んで、祈禱の中に自分の事を省み、悔改むべきは悔改めて祈りたう厶います。此處でパウロの精神、パウロ自身の寫眞を見る事が出來ます。使徒行傳の今迄の處に於て、パウロの旅行や說敎、又パウロの受けた迫害に就て讀みましたが、此處ではパウロの心、其傳道の精神を知る事を得ます。
十八節を御覽なさい。第一に傳道者は常に人々と交際して、人々の眼の前に明らかになる筈であります。或傳道者は己を隱して人々を離れますが、主イエスもパウロも人々の眼の前に生涯を暮して、少しも隠れませなんだ。又第二に傳道者は謙遜る者でなければなりません。『我すべての事に謙遜』(十九節の始)。第三に感じ易いもの、又親切なる者でなければなりません。『また淚を流し』、英語でいふ tenderhearted でなければなりません。第四に耐忍がある筈です。『ユダヤ人の詭謀により艱難に遇て主に事へ』。又第五に信用すべきものである筈です。『益ある事は殘す所なく之を宣て或は人々の前或は家々に於て爾曹に敎へ』(廿節)。即ち力を盡し、熱心を盡して働くものである筈であります。どうぞ此五の點に就て自らを省みなさい。パウロは斯樣に力を盡して傳道しましたから、廿六節に於て『凡の人の血に於て我は潔くして與ることなし』と證して居ます。どうぞ私共も力を盡して傳道し、かういふ言を云ふ事が出來る者となりたう厶います。
宣傳ふべき事柄
眞正の傳道者は何を宣傳ふべきかに就ても、此處より學ぶ事を得ます。第一に廿四節に『神の恩の福音を證する事』とあるやうに、神の恩を證します。神の恩によりて最も惡い、罪の深い者でも救はれる事が出來ます。是は眞に福音であります。第二に廿五節にあるやうに、『神の國を傳へ』る事です。神の大なる計畫、神の大なる政治の權威と力、神が信者に與へ給ふ幸福なる神の國を傳へねばなりません。第三に廿七節にある『神の旨』を傳へる事です。即ち神の命令と神の道を傳へる事です。其によりて或人は却て心を痛められませう。或人は其に從ふ事によりて大なる損失をするかも知れません。然れ共傳道者は忠實に『神の旨を殘す所なく悉く』傳へなければなりません。第四に廿一節を御覽なさい。罪人の義務は何でありますかならば、『神に對ては悔改め主イエスキリストに對ては信仰すべき事』であります。私共も熱心に罪人に對して悔改と信仰を宣傳へなければなりません。
二の愼むべき事
二十八節に二の愼むべき事が書いてあります。是は大切な事であります。『故に爾曹みづから愼み 且なんぢらが聖靈に立られて監督となれる其全群を愼み 主の己が血をもて買給ひし所の敎會を牧ふべし』。第一に氣を附けねばならん事は自分です。次に敎會です。私共は先づ自分の心を愼まなければなりません。或人は敎會の重荷を負ひますが、自分の靈魂の事を一向省みません。是は大なる間違であります。有名な英國のジョージ・ムラーは其孤兒院には始終三千人の子供が居りまして、大變忙しう厶いましたが、毎朝神の聖前に自ら省みて、祝福を求める事を第一と心得て居りました。ムラーの曰った言に、私の働が如何に忙しくとも、日々私自身の靈魂に祝福を得る事が、私の最も肝腎な仕事で、然る後全力を盡して働きますといふやうな言があります。是は正しい順序です。是は即ち此廿八節の順序であります。『みづから愼み且……全群を愼み』。神がジョージ・ムラーを祝福し給ふたのは其爲でありました。又神は何時でもかういふ心を有って居る人の働を祝福し給ひます。
第二に愼むべき事は敎會であります。敎會は尊いもので、主が己が血を以て買上げ給ふたものであります。外部より見れば、其信者は少なくして賤しい弱い者であるかも知れませんが、之は主が貴い己が血を以て買給ふたものでありますから、力を盡して其を養はなければなりません。
是は容易の事ではありません。必ず危險が起って參ります。『蓋わが去ん後この群を惜ざる暴き狼なんぢらの中に入んことを知ばなり』(廿九節)。惡は何處から敎會に入るかといへば、周圍の罪人からではなく、又迫害する者からでもありません。かういふ者は敎會を傷めるものではありません。然れ共敎會の中にある敎師より、講壇の上から其敎會を害し腐らせるものが入って參ります。パウロは此處に『暴き狼』と申しましたが、是は或は按手禮を受けた牧師であるかも知れません。或は熱心な傳道師であるかも知れません。然れ共其が却て敎會を滅す暴き狼となるかも知れません。
此暴き狼はどういふものでありますかならば、格別に他の信者を己に從はせんとし、己を高くするもの、即ち名譽心の强いものであります。『亦なんぢらの中よりも弟子等を己に從はせんとて悖理なる言を言出す者おこらん』(三十節)。然うですから格別に此事を御注意なさい。若し人々を己に從はせたいならば、傳道を止めて他の處に退き、淚を流して悔改めなさい。己を高くする傳道者は敎會を煩はす暴き狼であります。
エペソの長老等に告別の終の言
『憶ふべし』。卿が聖靈に滿されし傳道者を見ましたならば、どうぞ其を何時迄も心に留めて置きなさい。其を記憶し、其によりて己の熱心を勵ましなさい。其人の手本に傚って同じ心を御求めなさい。『我三年のあひだ夜も晝も斷ず淚を流して各人を勸しことを憶ふべし』。淚を流す事の出來る心を神にお求めなさい。私共が淚を流さないのは、信仰と愛が生溫いからであります。パウロは斷えず涙を流して勸めました。
『斷ず各人を勸』。どうぞ私共も怠らずして斷えず、各人に勸めたう厶います。パウロが最も勉めた事は個人傳道でありました。勿論大なる集會に於て公けの說敎もしました。多分大槪每晚說敎會を開きましたが、其よりも大切な事は、此やうに『斷ず各人を勸』る事であります。私共が若し公けの傳道許りを致しますれば、其は眞の傳道ではありません。力ある傳道ではありません。力ある傳道者は個人個人各自に勸める事を最も勉めます。
どうして暴き狼と其他の危險より避ける事が出來るかといへば、能ある神と其恩惠の言に己を委ねる事であります。パウロは自分が去る時に、殘る信者を此二のものに賴らしめたう厶いました。能ある神と聖書の言に賴る事は肝腎です。集會も大切です。公けの傳道も說敎も大切ですが、最も大切な事は信者各自を神に依賴ましめ、又自分で聖書を調べて、其聖言に賴るやうにする事であります。敎會が神と其言に賴りますれば、力ある敎會となりて益々罪人を救ふ事を得ます。
パウロは廿六節に於て『我は潔くして』と申して居りますが、此處にも他の點より潔き事を證して居ます。熱心な傳道者でも時として貪婪の汚を心の中に受ける事がありますから、私共は大に愼まなければなりません。惡魔は度々貪婪を以て傳道者を倒しますから、此事を覺えて常に自分の心を省みたう厶います。私共も此三十三節の言を證する事が出來ますか。人の前にも神の前にも大膽に赤心を以て此やうに證する事が出來ますか。
眞の傳道者は憐むべき者を助けます。聖靈に滿されたる傳道者は貧しき憐むべき者を助けて、肉體上の恩惠をも之に與へます。然うですからパウロは精神に於ても行爲に於ても、傳道者の手本たるべきものであります。私共もどうぞ他の人々の手本となりたう厶います。
愛されたるパウロ
パウロは實に愛せられた者でありました。今迄は其に就て詳しく讀みませなんだ。今迄はパウロは何處でも憎まれた事を讀みました。然れ共今パウロは一方に於ては實に愛せられた者である事を見ます。加拉太書四章十四節を御覽なさい。『爾曹を試る者の我が身に在しを爾曹は卑めず亦厭ず反て天使の如くキリストイエスの如くに我を待ひたり』。ガラテヤの人々も其樣にパウロを愛しました。又パウロが眼が惡う厶いましたから、喜んでできれば自分の眼を與へんと迄申しました。『爾曹その時の福は如何ありし乎 われ爾曹に證す 若し爲得べくば爾曹みづからの目を抉て我に予んとまで願たり』(十五節)。又帖撤羅尼迦前書三章六節『今テモテ爾曹より我儕に來りて爾曹の信仰と愛との嘉音を聞せ又なんぢら常に我儕を切々に念われらに遇ことを欲ひ我儕が爾曹に遇ことを欲ふが如しと告たり』。テサロニケの信者も此樣に常にパウロを慕ひました。又腓立比書一章廿六節を見ますと、『われ再び爾曹と共に居ば爾曹の喜びわれに因てイエスキリストの中に益大ならん』。然うですから何處の信者も心からパウロを愛しました。熱心に彼を愛し、彼を慕ひました。聖靈に滿されて居る傳道者は、世に屬ける者よりは大に憎まれますが、眞の信者からは大に愛せられます。どうぞ私共も斯樣に憎まれ又愛せられる者となりたう厶います。
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